【23】【24】【25】【26】
【23】
書斎の時計が11時の鐘の音を告げて、その音に本の世界から現実へと意識が戻ってきた。
もう11時になっていたのね。
「少しだけのつもりが、だいぶ時間が経っていたのね」
このまま読書を続けるのもわるくないけれど、他の場所に行くことにしようかしら。
どうしましょう。
庭園へ花を見に行く ⇒【4】へ進む
演奏ホールでピアノを弾く ⇒【67】へ進む
お父様の執務室へ行く ⇒【5】へ進む
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【24】
わたくし……と言うよりも、バラを見ている、のかしら……?
何かしらと訝しむが、こちらを凝視していた殿下は、唐突にニコリと笑みを浮かべた。
「よく来たな。今日は卒業パーティだ。ゆっくり過ごすといい」
それだけを言うと、殿下は他の人へと挨拶回りに行ってしまった。
てっきり男爵令嬢と共に、難癖付けてくるのかと思っていたのに、ブキミな笑みだけ見せて去って行ったわね……。
まぁ、あんなあからさまに怪しい笑顔、「この後、お前を陥れるための企みを立てています」と言ってる様な顔でしか無いのだけども。
断罪イベントを仕掛けてくるのは、ゲームの流れ通りならパーティーが盛り上がっている時よね、確か。
うん、突然イベントが始まっても、毅然としていられる様に、心構えをしておかないとね。
そんな風に試案しつつ、わたくしもドリンクを片手に、同級生やお世話になった先生方と歓談に花を咲かせていたのだけれども。
ハァッ……、ハッ……。
ハッ、ハァッ……ハァッ……。
な、にかしら……。
何か息苦しい感じがする……?
妙な息苦しさがして、わたくしは自分の体調に異変が起きてきているのに気が付いた。
⇒【73】へ進む
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【25】
体が重くて動かない。
逃げないとと思ってるのに。
そうこうしてる内に、目の前の男が腕を振り上げたかと思うと、わたくしの胸を目掛けて振り落とされた。
ダメ、殺される………!!!
動けないわたくしは、そのままナイフが振り下ろされるのを見ているだけだったが。
「ぐあっ!」
男の手にしたナイフは、わたくしの胸に刺さる前に、突然声を上げると、そのナイフを手から離した。
ナイフは落下音が絨毯に吸い込まれ、音もなく男の足下に落ちる。
……何? 何が起きたの……?
「義姉さま!!」
「マ……ティ…………」
わたくしの、名前を呼ぶ、マティの、声がする。
あぁ、助かる、殺されないんだ……。
マティの声を聞いたわたくしは、安心からか目尻から涙が流れ落ちた。
「クソッ……!」
腕に短剣が刺さったまま、それでも依頼を遂行しようというのか、男の手がわたくしの首を締めようと近づく。
「義姉さまに近付くな!」
わたくしの首に触れるよりも先に、マティが火の呪文を唱え、男の腕や顔があっという間に火に包まれた。
「ひっ、ぎゃああああああ!!!!!」
突然顔と腕にさが、火に包まれた事で男は大きな悲鳴を上げて、床に倒れ、本能的に火を消そうとしてるのか、ゴロゴロ左右に転がる。
その隙を逃さず、マティは腰の剣を抜くと、転がっている男の胸を目掛けて、剣を突き刺した。
「ぐ、ふっ……!」
胸を刺され口からも血を吐き出すと、男はそのままバタつくのが止まり静かになった。
ヒュー、ヒューと小さく息をしているから、死んではいないみたいだけど……。
「殺しはしないよ。話せるくらいには回復させてから、今回の事、洗いざらい情報は吐いてもらうからね」
ボソリとマティが、意識の無い男に向かって呟く。
あぁ、そうだった。マティは攻撃魔法や剣術も巧みだけど、本当は一番回復魔法が得意だものね。
……と、そんな事を色々考えられる余裕はもうギリギリだったのか、マティがこっちを向いた姿を目にして安心したのと、殺されそうになって精神が限界だったのか、わたくしはそのまま意識を失ってしまった。
「義姉さま、義姉さま……!」
わたくしの名前を何度も呼ぶマティの声がどこか遠く夢の中で聞いた様な気もするけれど、私の意識は敢然に闇の中へと落ちた。
⇒【19】へ
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【26】
「……、…………あら………」
「お嬢様……!! 気が付かれましたか!!」
そうしてわたくしが次に意識を戻した時には、もう翌々日の昼だった。
侍女がわたくしが気が付いた事で、医者を呼んでもらうと、待機していたようで、すぐに部屋に来てくれた。
体の状態を確認して貰うと、バラの毒の影響は残ってないとの事。
どうやら体を麻痺させる神経系の毒ではあったけれど、命を失う程の強い物では無かったみたい。
あの殿下の事だから、キツイ毒を用意するかと思ったので、それは少し意外だったわね。
………。………殿下、基本の勉強とかいつも逃げててろくに勉強してないままだったから、もしかして毒性の強さとか、そう言うの分からなかったのかしら……。
殿下のオツムの出来については、ひとまず置いておくにしても。
まさか意識を失ってる間に、全部終わっているとは思わなかったわ。
婚約破棄イベントはどうなったのかしら……。
婚約については、お父様が部屋に来てくれて説明をしてくださったんだけれども。
お父様が証拠として集めていた、男爵令嬢が企んでいた多数の冤罪の証拠、昨夜の殺されかけた証拠。それに昨夜の暗殺者が、依頼人は殿下と男爵令嬢だと簡単に口を割ったのもあり、それらを諸々纏めて陛下に速攻提出されたらしい。
お父様とマティは、かなり怒り心頭だったみたいで、陛下もタジタジだったみたいとはマティの弁。
とは言え、婚約破棄のやらかしだけでなく、暗殺の件は流石に陛下も擁護は出来なかったようで。
わたくしと殿下の婚約解消が、昨日のうちに行われたというから、さらに驚いた。
お父様、仕事が早すぎませんこと?
まさか寝ている間にそこまで話を進められているとは、流石に思わなかったわ。
それだけかと思えば、ビックリな事に、殿下側の有責と言うのもあり、陛下は、殿下の王太子を取り消して、代わって第二王子であるシュテファン殿下が立太子すると決められたとの事。
また、キリル殿下は最低でも向こう五年は辺境で、一兵士として魔物と戦う事になるらしい。手柄を立てない限りは王都へ戻る事を許さないとか、あの軟弱ヘタレ殿下には、いい薬だろう。
お父様が言うには、現辺境伯は、陛下の学生時代からの親友らしく、殿下の横暴我儘三昧は通じないだろうとの事。
……一応完全に放り出す訳でなく、親友の方のいる地に送る所は、陛下の親としての優しさなのかしら。
それと男爵令嬢だけれども。
冤罪を仕掛けたこと、上級貴族の暗殺を企んだ事、王配を狙った事などで、それはもう、彼女一人の罪では当然すまなくて。
お家は断絶。親類縁者は、全て平民落ち。王都から追放まではならなかったけど、かなり寂れた地域への追放になったみたい。
本来なら処刑になるはずなんだけど、陛下はこの連座があまり好きではないらしく、ベルツ元男爵令嬢以外は、平民落ちとして、処置されたらしい。
貴族だった人からしたら、寂れた場所に追放も、相当きついと思うけどね……。
ベルツ元男爵令嬢だけは、平民落ちに加えて、片脚の腱を切らされた上で、戒律の厳しい極寒の北の地に行かされたらしいわ。
下手に国外に追放して、他国に迷惑掛ける可能性がある事を考えると、それなら簡単に逃げれない様にと、片脚だけ腱を切って、労働活動をずっとさせる事になったそう。
確かに片足が上手く歩けないなら、脱走してもすぐに遠くには行けないし、見付かっても逃げ切るのは難しいものね。
両足だと、今度は労働させるのにも難しくなるし。
それと怪我をしても病気に罹っても、手当もされないらしい。
……中々エグいと言うか、容赦が無いと言うか。
地味にキツい罰だわ。
頑張って生き抜いてねとしか、わたくしからは言えないけれども。
「義姉さまを殺そうとしたんだから、これくらいで済んだのは可愛い方じゃない」
数日後、ガゼボで一緒にお茶をしながら、二人の処罰についての報告を聞いていたマティはマティで、容赦の無い言葉を呟いた。
「貴方も大概容赦ないわねえ」
「じゃあ聞くけどさ」
口に残っていたクッキーを紅茶で飲み干すと、マティは言葉を続けた。
「逆に僕が同じ目に合ったとしたら、義姉さまはどうする?」
「……」
マティの言葉に、紅茶を飲もうとしていた手がピタリと止まる。
確かにマティが、わたくしの様に冤罪や婚約破棄を、衆人環視の中でされる可能性があったとしたら……。
そうね、同じ様に容赦ない報復をするでしょうね。
お父様も同じなのも想像が付くわ。
わたくしの反応に満足したのか、にこーっと目尻を下げる迄の笑みを浮かべる。
「ね? だから僕のした事なんて、大袈裟でも何でも無いんだよ」
うんうんと頷き、マティは再び皿の上のクッキーを手に取り口にした。
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