【20】【21】【22】
【20】
「……」
「義姉さま? どうしたの? 急に静かになって」
「いえね……今後についてどうしたものかと思って……」
今後の事を思いつつ、チョコを一つ口に入れた。
殿下の婚約者だったから、本来ならわたくしら家を出て王妃として婚姻後は王城住まいとなる筈だった訳だけれども。
それが昨夜の騒動であっという間に婚約解消になってしまったため、自分の未来像のビジョンが浮かばなくなってしまい、わたくしはもう一度息を吐いた。
王妃として嫁ぐ事が無いということは、ここにいる事になるけれど、侯爵家の跡継ぎとしては、既にマティを養子として引き取って育てて来ている。
マティはお父様の期待以上に跡継ぎとして立派に育った。わたくしが後を継ぐと言う選択肢は無いだろう。
わたくしもマティから跡継ぎを奪うつもりなんてないし。
「でもまあ……」
前世を思い出した事で、一人で生きて行くには、思い出す前よりもまだメンタル的にも大丈夫だと思えるし。
生活様式については、前世が便利な世界だったから、こっちの世界のいろんな部分での覚えなきゃいけない事は沢山あったとしたても。
「そこまで抵抗は無いし。案外一人で生きてくのも悪くないんじゃないかしら」
学園にいた時に、前世で言う所の、資格みたいなのも沢山取ってるから、学園の講師なり司書なりで働く事も出来るし、侍女として働くのもいいかもと思っている。
「え、義姉さま、一人で生きてこうと思ってるの?」
何故か焦りだしたかの様に、喰い気味でマティが聞いてくる。
「婚約解消して、うちには貴方がいるのだし。そうなると、他に婚約者を見つけるのが一般的だとは思うけれど。でももう同じ年辺りの相手は皆誰かしら婚約者がいるから、そうなると後は、後妻か修道院位でしょ?」
紅茶を、一口啜り口を湿らせてから、言葉を続けていく。
「わたくしだって貴族だし、その流れも受け入れるべきとも思うけれども。せっかくなら、色々自分で働いて見るのも悪くないかしらって思ってね。お父様には相談もきちんとしてみるわよ」
働いて稼いで自分の力で生きていけるなら、え越したことは無いと思うのよね。
「あ~……そうだった。義姉さまって、土壇場の胆力というか、開き直りと言うか、そういうのが強い人だった」
マティが額を押さえながらブツブツ何か言ってるけれども。
「まぁでも大丈夫だよ、義姉さま」
「え、何が?」
マティはニコニコと笑みを浮かべる。
「働く義姉さまも素敵だけど、僕はやっぱり僕の傍にいてくれる義姉さまが好きだからさ」
「え……? あぁ、うん、ありがと……? わたくしも、マティの事好きよ?」
「うん、ありがとう、義姉さま」
「きちんと僕が貰って上げるから、安心してね」
「ん? 何か行ったかしら?」
「ううん、何も」
マティの呟きが聞こえず聞き返すも笑って誤魔化されてしまった。
そうして一年経つ頃、マティがわたくしの誕生石の指輪を持ってプロポーをしてきて。
この時の呟きが何て言ったのを改めて分かって、真っ赤な顔になるのだけれど。
今はまだ意味がわからず、楽しそうに笑ってるマティとのお茶会を、緩やかに過ごすのだった。
ルート⑤クリア
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【21】
馬車で王城に着き、会場に入ろうとした所で、受付をしている男性に声を掛けられた。
「今年は殿下の計らいで、卒業式だけではなく、卒業パーティーでも卒業生の方には胸に花を飾ってもらう事になりまして」
「あら、そうなの?」
既に会場に入られてる人をチラリと見てみると、確かに全員、胸にバラを飾っているのが目に入る。
赤だけではなく、黄色や緑、青や紫と、色とりどりなので、好きな色を選べるのかしら。
「ルントシュテット侯爵令嬢様は、青色がお好きと伺っております。こちらの色鮮やかな青いバラを飾られてみては如何でしょうか? とても映えると思われます」
そういって見せてくれた青いバラは、確かにそう言われるだけの事はあって、他ではあまり見ない程に深みのある青いバラだった。
「まぁ、本当。とても綺麗な青いバラね。濃い青色が素敵だわ」
わたくしは一番好きな花はバラだし、青い色も好きな色なのよね。それならこの花を飾るのでいいかしらとも思うのだけれど、受付の後ろの箱に、青いバラ以外にも、今日のドレスの色に映えそうな濃い紫のバラもあるのに気が付いて、そっちもいいなとなってしまう。
今日のドレスや装飾品がラベンダーカラーなので、濃い紫のバラを胸に飾ったらきっと、とても素敵よね。けど青いバラのまるでサファイアの様な色もとても素敵だし……どちらも甲乙つけがたくて悩むわ。
どちらにしようかしら……。
青いバラを選ぶ⇒【8】へ進む
紫のバラを選ぶ⇒【29】へ進む
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【22】
ベルツ男爵令嬢の突然の叫びに、ただでさえ静かだったこの会場が、水を打ったように静かになる。
「リ、リーリア……? その資料集? とやらは?」
突然の意味の分からない叫びに、殿下が訊ねるが、そんな殿下に、彼女キッとキツい眼差しを向ける。
「キリルもキリルだわ!! なんでそんな影が王様にいるなんて教えてくれなかったのよ!」
「え? でも影を使うなんてよほどの事がない限り不要だし、リーリアが王妃になれば影の事だって勿論王妃教育で教わる事だぞ……?」
「そうじゃなくて!! 先に知っておきたかったのに!」
「な、んでだ……?」
「そんなのがいるって知ってたら、わたしもっと上手く立ち回ったもん! 悪役令嬢からイジメられてる証拠とか、きちんと誰にもバレない様に、第三者の証言だって、きちんと作るくらい考えたのに!! 信じらんない!」
「っ……!」
自分でこれ以上なく、自白と言うか自爆してしまってるけれども、彼女は気が付いてないわね。
あー、それにしても、やっぱり彼女も転生者だったのか。うん、予想はしてたし、むしろ「ですよねーお約束ですよねー」だけれど。
わたくしの事よりも、殿下が割と本気で泣きそうな顔になってるわ。
まぁ、信じていた人がガッツリ嘘でした! って言ったようなものだものね。仕方ないけれど。
「悪役令嬢、あんたもよ!! あんたもどうせ転生者なんでしょ!! クソッ、キリルも他の攻略対象達も好感度MAXのルートだったから、それなら大丈夫かなと思ってたのに!」
殿下を詰ってるかと思えば、わたくしに今度は言いたい放題叫び出して来た。
あぁ、逆ハーエンド狙ってたのね。
「キリル!! 私の事好きなら、あの悪役令嬢を早く殺すなり、薬漬けにするなり、性奴隷なりにして娼館に売り飛ばすなりしてよ!」
「リ……リア……」
隠す気が無くなったのか、ベルツ男爵令嬢もとい、ヒロイン転生者の彼女は、殿下に噛みつかんばかりに叫び出した。
相当ショックだったのか、殿下が瞳を見開いて固まってしまっている。
清純可憐な少女と思っていた所に、そうでは無いと言わんばかりの本性を見せられたのは同情するけれども。
そもそも殿下が浮気をしなければ良かっただけなので、それ以上の感情は無いけれど。
「殿下」
「……トルデリーゼ……」
あら、その呼び方久しぶりね。何の感慨も沸かないけれど。
「わたくしからは、この場でこれ以上申し上げる事はございません。また、ベルツ男爵令嬢の行動についても、ハッキリさせる気はございません。
明日、陛下の御前で、全てハッキリしますでしょう?」
「うるさいうるさい! 何が陛下の御前でー、よ! アンタみたいな悪役令嬢は、わたしの掌の上で、シナリオ通りに躍らせられてなさいよ!!」
ベルツ男爵令嬢は叫ぶやいなや、殿下をドンッと押して離れると、隠し持っていたドス黒いナイフをスカートの裾から取り出し、私目掛けて向かって来た。
え、刃物を隠し持っていたの?
そんな流れになるとは思わなかったので、わたくしもビックリしてしまい、体が動かず。
周囲からは悲鳴が上がる中、わたくしも刺される! と思ったその時。
「義姉さまに近付くな!」
マティの声が響き渡り、わたくしの前に出て来た。
そのまま帯剣していた剣を抜くと、ベルツ男爵令嬢の手にしていたナイフを弾いて、そのまま彼女の方へ走りより、柄頭の部分をお腹にくらわせる。
ドスッといい音がしたので、かなり強く当てたようで、ベルツ男爵令嬢も「ぐへぁっ」という、女の子が出すには中々厳しいくぐもった声を上げると、そのままバタリと倒れてしまった。
胃の中のものを吐き出さく事なく気を失ったのは不幸中の幸いかしらね。
「義姉さま、大丈夫?」
「えぇ、わたくしは近寄られただけで、触れる前にマティが対応してくれたもの。怪我とかも何もしてないわ」
「そう、良かった」
ホッとしながらも、ニコニコと笑うマティに、わたくしも思わず微笑み返す。
「リ、リーリア!」
倒れたままの彼女へ殿下が近付くも、先程のやり取りを思い出したからなのか、抱き上げるべきか悩んでるようだけれど。
正直そこはもう、わたくしが関与する所でも無いのだし。
「殿下。婚約諸々、全ては明日、陛下と王妃陛下の御前にてお話しましょう」
「ま、待ってくれ、トルデリーゼ」
「卒業パーティにお越しの皆々様、せっかくの祝いの場を汚してしまった事、心よりお詫び申し上げます。後ほど、改めて我が家から謝罪のご連絡をさせて頂きたいと思います」
わたくしは殿下の言葉を遮り、くるりと周囲の皆様方へと向き直り、お詫びを告げた。
「本日、私どもはこのまま退場致します。皆様方は、どうぞ引き続きパーティを、楽しんでくださればと思います。……それでは、ごきげんよう」
そうして、わたくしはカーテシーを、マティはボウ・アンド・スクレープをして皆様への挨拶を済ませ、会場を後にしたのだった。
⇒【31】へ進む
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