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第3その名前を呼んだとき


ある日の夕方、会社帰りの駅前。

人混みの中を歩いていた遥の視界に、ふとある光景が飛び込んできた。


駿が、知らない女性と笑顔で話していた。


その女性は長い髪に清楚なワンピース姿。

軽く駿の腕に触れながら、なにか楽しそうに話している。

そして駿も、それに優しく笑顔で応じていた。


遥は思わず立ち止まり、そのまま背を向けた。

心臓がズキズキと痛む。

(……ただの知り合い、だよね。でも……)


また、同じかもしれない。


遥の中で、忘れかけていた痛みが顔を出した。

あのときもそうだった。

「君だけだよ」って言葉を信じて、何度も会って、安心して、笑って。

でも、その人には別の女性がいた。

ずっと前から。


(信じたい。でも...怖い)


その夜、駿からのメッセージは届いた。

けれど、指が止まったまま、返信できなかった。


「また会いたいね」

その一言にさえ、胸がぎゅっと締めつけられた。


そして週末。


仕事帰り、家の前のコンビニで買い物を済ませた遥がマンションに向かって歩いていると、不意に聞き慣れた声がした。


「……遥!」


振り返ると、そこには駿がいた。

軽く息を切らし、焦ったように駆けてくる。

シャツの襟元は少し乱れていて、額にはうっすら汗がにじんでいた。


「ごめん、急に。でも……話したくて」


遥は驚きながらも、小さくうなずいた。

二人は建物の影、街路樹の下に並んで立つ。

駿は一度深呼吸をしてから、言葉を紡ぎ始めた。


「なんか最近、ちょっと距離感じてさ。俺、何か嫌なこと言ったかなって……。

もしかしたら、気づけてないだけかもしれないけど……俺、ちゃんと向き合いたいと思ってる。だから、逃げたくなかった」


遥は目を伏せたまま黙っていた。

けれど、目の前の駿の声には、誤魔化しも、嘘もなかった。

きっと彼は、あの日のことに気づいていない。

それなのにこんなふうに、自分の足で会いにきてくれた。


──この人、まっすぐなんだ。

信じても、きっといい。……今度こそ。


駿が一歩近づいた。

そして一拍の間を置いて、思わず声が溢れた。


「──遥!」


その名を呼んだ声は、勢いにまかせた衝動ではなく、

抑えきれない気持ちが言葉になった、まるで本能のような響きだった。


「……好きだ。こんな形になるとは思ってなかったけど……気づいたら、ずっと考えてた。

名前、呼んだ瞬間に全部、言いたくなった」


遥は目を見開いたまま、しばらく動けなかった。

けれどその胸の奥で、あたたかくて優しい何かが、そっと解けていく。


彼の声も、目も、すべてがまっすぐで。

この瞬間、遥はようやく確信した。


──この人と、ちゃんと向き合いたい。

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