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実際俺が転生する前にいた世界でも、サメが空を飛んだり、頭がいっぱいついているサメが人を食べ散らかす話などはあった気がする。
だけどそれはフィクションで、完全なる作り話であったはずなんだけど……。
でも、確かにこの世界では魔法やらドラゴンやらのおとぎ話に登場するような存在が現実世界となんら違和感もなく溶け合っている。
リンシアの話を聞いているレイル公爵らが、彼女の話をそれ程疑っていないのも、この世界ではありえなくもないという意識が根底にあるからなのかも知れない。
とすればこの世界ではサメというのは彼女が言うような、強くて高次の生き物なのだろうか。
……それにしても、どうしてサメなんかについてこんな真剣に考えているのだ、俺は。
縁談を進めるためのお見合いに相伴したのではなかったのか。
万事がリンシアを中心に事態が動いて、相変わらず俺はそれに振り回されている。
そんな俺の思案をよそにレントはリンシアに言葉をかけていた。
「なるほど、サメについてはおおよそ理解できたよ」
「今の私の説明で本当に分かったんですの??」
「どうして私に説明した本人であるお前が食って掛かるのだ……。もちろんにわかに信じがたい部分はあるが、そういうものなのだと今は信じているよ。リンシアに反証するほどのサメ知識を私は持ち合わせていないのだから」
レントは言葉を区切り、一つ咳払いをして一拍置いた。
「つまり私が言いたいのはね、お前が言ったスープの中にいたというサメの詳細をそろそろ話してもらいたいのだ。お前が言うには、その、差し支えなく言わせてもらえば、サメがスープの中にいたのはレイル殿に大なり小なり責任があるのだろう。このことはしっかりと説明してもらわないと。でないと、レイル殿にとってもいわれのない中傷を受けたことになるのだから」
レントはレイル公爵を気遣うようにして言った。
レイル公爵は事の成り行きの源泉が自分であったのを忘れていたのか、一瞬はっとしたような表情を見せた。
おそらくその変化に気づいたのは俺だけなのであろうが、……なんというか危機管理がぞんざいな人だな。
これで何とかの事業や社交界における人付き合いでは成功を収めているのだというから(これは裏付けのある事実だ)、世の中分からないものである。
「レント様のおっしゃる通り、私としても事の真相を知りたいのです。私になにか責任や落ち度があるのであれば、当然のことならば謝罪します。……ですが、私としてはサメについては何一つ心当たりがないものでして」
レイル公爵が控えめな声の調子で言った。
「ええもちろんお話しします。私が見たのは“ポタジュザメ”です」
「ポタジュザメ??」
「はい。このサメはスープの中に生息するサメで、食卓に並べられたスープの中に突然現れ、勝手に飲み、食事を楽しむ人々の賑やかなムードを壊す悪魔のような恐ろしいサメなのです。現に私たちもこのサメが現れたせいで、話がもつれ、本来集まった趣旨とは全く違う状況になっているのですから。このサメは過敏な嗅覚によって、地平線の彼方にあるスープのにおいにも気づき、転移魔法を用いることによってワープし、常に移動し続けながら生活しているのです。より美味で、未知なるスープを求め、そして飽くなき貪婪さに身を委ねて……。」
「待ってください。先ほど姉上はサメというのは人間では太刀打ちできないような超越した生き物であると言っていたではありませんか。しかしそのポタジュザメというのはスープに、つまり、人間の作ったものに依存して生活しているということになるでしょう。それは変ではありませんか?人を脅かす存在でありながら人がいなければ生きていけないなんて。姉上が語るサメにしては“人並み”すぎる気がするのですが」
俺は浮かび上がった疑問をそのまま述べた。
スープを生息地としているなんて、ばかばかしいではないか。
というか馬鹿だろ、そのサメ。
それにだ。俺は残念ながら生まれつき魔法が使えないため、この世界の魔法事情について精通しているわけではないが、それでも転移魔法なんてものは簡単に使える魔法ではないだろう。それぐらいはなんとなくわかる。
それなのにスープを飲むために使用するなんていうことは、すぐには受け入れがたい話である。
魔法でワープをするぐらいなら自分でおいしいスープを作ることに精を出した方が手っ取り早いだろうに。
リンシアは俺の思考を読み取っているのかいないのか分からないが、朗らかな笑みを浮かべて俺を見つめ、俺の問いに答えようと再び話始めた。




