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 長方形に長くのびた食卓にはすでに様々なご馳走が並べられていた。

 俺たちは案内されるままに用意された席に座り、すぐに食事を始めた。

 食欲を抑制し、本能よりも貴族の秩序と品位を優先しているレイル公爵やレントは、それらのご馳走にはほどほどに手を付ける程度であったが、俺はただ飯が持つ利得を存分に飲み干そうと、身分を忘れて無我夢中で食べ物を口に放り込んだ。

 出された料理はどれも高級なものばかりで、口にしたものは大変美味であった。

 俺自身も公爵家の子息であるため、日々上等な物ばかり口にしているのだが、それでも目の前に並べられている料理は腕によりをかけて作られたものだとわかる。

 特にドロッとした蜂蜜が大根みたいなもの(この世界固有の動植物が存在するので正確には知らない)にたっぷりかかった料理は大変気に入った。

 

 それに、目ざとい俺は見逃さないが、並べられている食器類も疑問を挟むまでもなく、高価なものだった。

 特にスプーンやフォークといったカトラリーなどは、眩しすぎるぐらいに磨きがかかっていた。

 これはどんな素材でできているのだろうか。

 ともかく空中に行き交っているあらゆる光を際限なく反射させているのだ。

 これらのおかげで料理も一段とうまくなっている気がした。

 時折隣に座るリンシアが人目を盗んで、スプーンに反射する光を俺の眼球に向けてくるしょうもないいたずらをしてくるのが気に障ったが、このスプーン類は清潔感があり、舌触りも気にならないぐらいなめらかなので、家に持ち帰りたいと思ったぐらいだ。


 他にも食卓に鎮座するレースの飾りが入ったナプキンなど、純白という言葉を惜しみなく体現し、神聖さすら感じる代物もあった。

 俺はこの穢れなきナプキンを使うのをためらった。汚すことが罪に思われたからだ。

 それゆえ俺は口についた汚れを服の袖で拭いてしまった。

 冷静に考えればナプキンごときにここまで気を使う必要などないのだが、やってしまったことは仕方がない。

 この一連の様をレントに見られ、彼は眉をひそめていた。

 俺の胸中の悶々を知らない彼には、子供じみた品のない行いに映ったのだろう。

 この行動は俺の優しさと気高さが生んだ悲劇なのだから、そんな顔をしなくてもよかろうに……。


 食事をしながらでも、レイル公爵は器用にたくさんのことを話し、俺たちはそれを聞いていた。

 俺にとってこの食事の席での時間は意外に楽しく、愉快なものであった。

 というのもこのレイルという男が明朗闊達めいろうかったつというか、存外気のいい好意的な男であった。

 若くして魔導具だかに関する事業で成功を収めて、今なお富も名誉も集まり続けているという話だったが、その成功を武器に他者を見下すような尊大さは感じられなかった。

 むしろ誰とも打ち解けられる親しみやすさがそこにはあった。

 出会い頭に放った奇天烈な口説き文句などにも見られる、うぬぼれやすさや独りよがりなところは気になるが、まあそこは彼の成功の代償として見ればいいだろう。

 

 俺にとっては顔もよく、才能もあり、地位も確立しているレイル公爵はなんとなく気に食わなかったが、今ではすっかり彼のことが好きになってしまった。

 レイル公爵は先程から興味深く、滑稽な話で俺たちを楽しませてくれていた。


 「最近では自分の威にかけて誰が相手でも、不遜な態度をとる輩が増えていますね。恐れ知らずというか、厚顔無恥とも言いましょうか……」


 長い長方形の食卓の最奥に位置する席に、リンシアと向かい合うようにして座るレイル公爵は、思案するように手を顎にあてがいながら言った。


 「と言いますと?」


 リンシアが訊ねる。

 彼女は特に問題を起こすでもなく、会話にもたまに相槌などを打つ程度で、終始静かにしていた。

 

 「例えば……これは最近私が参加した舞踏会であったことなのですが、困った方がいたのですよ。そうですね、これも小話と思って聞いてください。舞踏会が開かれた会館は大きく、会場は二階にありました。そこでは皆が陽気に、かつ上品に会を楽しんでいたのですが、その空気を乱すある迷惑な婦人がいましてね。その婦人は舞踏会に猫を持ち込んだのですよ。もちろん動物などを持ち込むのは禁止されていましたよ。たとえ当人が飼っていたとしてもね」

「はあ、猫ですか。」


 レントが相槌を打つ。


 「猫ぐらいいいではないか、と思いましょう。実際我々もその時は特に咎めもしませんでしたよ。しかしこの猫が暴れん坊でしてね。テーブルに乗るグラスや食器を倒す、人の服をひっかくといった具合で手が付けられないんですよ。おまけに飼い主である婦人が我関せずという風でして、我々がどうにかしてくれ、と頼んでも何の処置も施さないどころか、かえって向こうが逆上する始末だったのです」

 「それはひどい!身勝手にも程がありますね!一人のわがままが他人の楽しみを奪うだなんて……。それを是とする法はどこの国にもありませんよ!」


 俺の清らかな心は義憤にかられ、俺は思わず口を挟んだ。

 どこの世界、いつの時代にも傍若無人な人間はいるものだ。

 俺が公爵の爵位を得たら、そういった手合いは徹底的に懲らしめてやろう。


 「エリック殿の言う通りですよ。事態に収拾がつきそうもないので、ここはひとつ強気にいかなければならないと私は考えたのです。そこで私はまず猫を捕まえようとしました。人々の足元を縫うように駆け、自らの背丈以上に軽々と跳躍するその猫を捕らえるのは容易ではありませんよ。しかし運よく猫は私の正面からこちらに向かって走って来たのです。私は無心で手を伸ばしました。貴族としての才智を捨て、奥底にある野性に身を預け、反射的に動いたのです。見事に捕らえましたよ!あの時の私の敏捷びんしょうで、しなやかな、身のこなしを皆さんにもお見せしたかった!なんせ我がミカルディ王国の英雄ブルトンにも勝るとも劣らない動きを……」

 「そ、それで、……猫を捕まえた後はどうしたのでしょうか?」


 レントが無理やりレイル公爵の言葉を遮る。

 放っておくと話が永遠と脱線しそうであったので、話に割って入ったのは素晴らしい判断だ。

 俺はレントの人の話を遮るという、勇気ある行動をとったことを讃えようと、レイル公爵の隣に座る彼に向ってキュートなウインクをした。

 レントは無反応だった。

 気づかなかったのだろうか。

 確かに目は合ったと思うのだが。


 「失礼。また余計なことを話してしまいそうでした。私は捕らえた猫を両手で丁寧に抱え、飼い主の夫人のもとまで歩きました。ちなみにその猫は凶悪な行動とは裏腹に非常にかわいらしい猫でしたよ。まどろんだような流し目は《魅了》の魔法を放っているかのようでしたし、天鵞絨ビロードの如く繊細な毛並みはずっと抱いていたいぐらいでした。婦人がこの猫のことしか考えられなくなるのもわかる気がしたものです。……まあそんな猫を持った私は意を決し、夫人に言ってやったのです。『この猫を今から殺す!!!』とね」


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