第6章:資金難とスポンサー探し
暑さが増してきたある日の放課後、科学部の部室には、いつになく重苦しい空気が漂っていた。窓を開け放っても風は生ぬるく、埃っぽい空気をかき回すだけ。机の上には雑多な資料、計算メモ、半田ごてと基板、そして気が滅入るような数字の羅列が並ぶ。
「これ、マジで足りなくね?」
深くため息をついたのは誠人だ。彼はスマホで見積もり表らしきものを開いている。そこには「モータ費用」「センサーモジュール費用」「GPSユニット費用」「バッテリー・配線材」「試験打ち上げ会場までの交通費」など、次々と膨れ上がる経費が並んでいた。
「はい、やはり予算が全く追いつきません。」
莉香が小声でメモをめくる。淡々とした口調だが、表情は困り果てているように見える。「今の手持ちだとセンサー類とGPSを揃えた時点でほぼ底を突きます。モータを複数本確保するのは到底無理です。」
「くっそ、どうしようかね。」
樹が頭をかきむしる。彼は工作部品や工具を揃えるため、先日ネットで見積もりを取ったばかりだ。加工用にウレタンフォームや塗料、樹脂コーティング剤、3Dプリントサービスの利用など、細かい出費が積み重なっている。
「結局、こういう挑戦って金がかかるんだな。」
「当たり前じゃん。宇宙機関だって国から莫大な予算もらってるんだし、俺らがやるにしてはかなり冒険だろ。」
誠人が自嘲気味に言うと、わたしは少しムキになって反論したくなった。「でも、諦めるわけにはいかないじゃん。ここで金がないって嘆いても仕方ない。何かやれること、なかったっけ?」
わたしたちは、少し前に話し合ったアイデア、つまりスポンサー探しや寄付募集、文化祭での出展による支援獲得を思い出す。コンテストまで3か月、そのうち文化祭は2か月後だから、そこで集めたお金を使って本番前の最終準備をすればいいはずだ。
「スポンサー探し……本当にそんなの上手くいくのか?」
樹が半信半疑で首をかしげる。「田舎の商店街に協賛頼んでも、どれくらい出してくれるか分からんだろ。そもそもスポンサーになって何のメリットがある?」
「メリットかぁ……」
わたしは考える。ロケットにスポンサーの名前やロゴを貼って宣伝になると言っても、この町でどれだけ人目に触れるのか怪しい。コンテストの日には観客や他校が来るかもしれないが、宣伝効果は限られる。
「先輩、地元の人たちは珍しいものには興味を持つかもしれません。それに、商店街が協力してくれれば、地元高校の活躍として新聞の地方欄に載ったりしませんか?」
莉香が提案する。
「そうか、地元密着型でアピールして、高校生がこんな面白い挑戦をしている、応援しようって雰囲気を作るのが狙いかな。」
「悪くないかも。」誠人が頷く。「少額でも、複数の店からちょっとずつ出してもらえば塵も積もる。パン屋に菓子券で応援してもらったり、工具屋から少し割引してもらったり、そういう形でもコストダウンできる。」
「なるほど。金銭協賛じゃなくて物品提供でも助かるね。」
わたしは希望がわいてきた。お金がなければ創意工夫で何とかするしかない。
「あと文化祭だよね。今年の文化祭、科学部はロケット計画の展示をやって寄付募るって言ってたけど、具体的にどうやる?」
樹が尋ねる。
「模型やパネル展示で、ロケットがどれだけ大変な技術が詰まっているかをアピールする。ミニワークショップみたいなのもいいかも。たとえば簡易モデルロケットを作って飛ばす実演……は、さすがに校内で打ち上げは無理か。」
「ロケットの中身を解説するポスターや、センサーや基板を見せる透明ケース展示はどうですか?」莉香が提案する。「『なぜこのロケットは空を飛ぶのか?』とか『高度計はどうやって働く?』といった科学的疑問に答える展示なら、生徒や父兄も興味を持って寄付してくれるかもしれません。」
「いいね、理科好きな人を惹きつけられる。」
誠人も賛成する。「あと、協賛してくれた店のロゴを文化祭のポスターにも貼るとかさ。先にスポンサーになってくれたら、文化祭でPRしてあげるよーみたいな。」
「なるほど、それで地元商店街にメリットを出せるかも!」
こうして一通りアイデアを出した後、わたしたちは行動計画をまとめることにした。
1. まずは町工場の柾さんに相談して、地元商店街や知り合いを紹介してもらう。
2. ショップカードや協賛依頼文を書いて、可能な範囲で挨拶回りをする。
3. 文化祭に向けて展示資料を整理し、来場者からの任意寄付を受け付けるボックスやポスターを用意する。
4. 名前をロケット機体に刻む「スポンサー枠」を設ける。出してくれた金額に応じて大きめのロゴを貼るプランとか、ちょっとした特典も考えよう。
「なんか営業みたいだな。」樹が苦笑する。「俺ら科学部だぜ?」
「しょうがないよ。ロケット作りはお金がかかる。宇宙開発もスポンサーや国からの予算がなきゃ無理。わたしたちがやってるのも、ミニチュア版の宇宙開発だと思えば、むしろ誇らしくない?」
そう言うと、誠人が「まあな。結局、人を巻き込んで初めてでかいことができるんだよな」としみじみ言う。
莉香は「では、わたし、スポンサー依頼文の草案を作成しましょうか? 礼儀正しい文面なら、先輩方が飛び込みで挨拶に行っても多少は印象が良くなるかと。」
「おお、莉香、頼もしい。」
わたしは感謝を込めて微笑む。
その日の帰り道、わたしたちは一度柾さんのところへ寄ることにした。ノーズコーン素材をもらうついでに、商店街紹介の話をしてみる。
「スポンサー探しか。まあ、この辺の店主は面倒くさがりが多いけど、面白がるやつもいるかもしれないな。」
柾さんはふと顎ひげを撫でて考える。「商店街会長のじいさんが、地域振興に熱心でな。あいつに話を通してから行けば、多少は聞いてくれるかもしれない。」
「本当ですか!? ぜひ紹介してください!」
わたしが目を輝かせると、柾さんは「お前ら、本当に必死だな」と笑う。「いいぞ、今週末に商店街会長の家に行くから、お前らも一緒に来いよ。」
週末、わたしたちは商店街の端にある小さな和菓子店を訪れた。そこが会長の家兼店舗らしい。年配の男性が出てきて、柾さんが状況を説明すると、会長は目を細めて聞いてくれた。
「ロケットねぇ。最近の若いもんはすごいこと考えるね。うちの孫も科学好きだから、そういうの応援したい気持ちはあるよ。けど、うちはそんなに金は出せないよ?」
「いえ、少しでもいいんです。道具や材料を安く譲ってもらったり、わずかな協賛金でもありがたいです。ロケットにはスポンサー名を載せますし、文化祭でも御社の宣伝をします!」
わたしは慌てて説明する。会長はお茶をすすりながら考え込む。「ふむ、面白い。町おこしのネタとしても悪くないかもしれんな。高校生がロケット飛ばすなんて、そうそうないだろう。」
「そうなんですよ! 地元の方々の応援を受けて、わたしたち、コンテストでいい結果を残したいんです!」
熱弁すると、会長は笑い皺を深くして「よし、じゃあ商店街の集まりで一度話してみるよ。」と言ってくれた。
お店を出ると、柾さんがわたしたちを見てニヤリとする。「意外と話が進んだじゃねえか。あのおっさんは口がうまいから、多少は賛同者を集めてくれるかもな。」
「ありがとうございます、柾さん。」
莉香も頭を下げる。「お陰で良い糸口が見つかりました。」
とはいえ、まだ決まったわけじゃない。実際に資金や物品提供を得られるまでは、不確定要素だらけだ。わたしたちは文化祭の準備を抜かりなく進めないといけないし、依頼文書やプレゼン資料も用意しなきゃ。
翌週、学校で文化祭実行委員と打ち合わせして、科学部の展示枠を確認する。
「ロケットの展示かぁ。部屋半分くらいは使えるから、パネル展示とミニブースくらいは作れるよ。」
実行委員は少し驚いていたが、珍しい企画を面白がってくれた。「機材とか、火薬とかは絶対ダメだけど、模型や映像なら問題ないよ。あと、寄付を募るなら顧問の先生に確認してね。」
わたしは顧問を探し、「文化祭で寄付募ってもいいですか?」と聞くと、先生は「まあ、任意の寄付なら問題ないと思うけど、金額を強要しないようにね。あと、学校を通してお金を扱うなら領収書関係はちゃんとやりなさい。」と事務的な注意を受けた。
「領収書……」
誠人が首をひねる。「そこまでちゃんとするのか、面倒くせえな。」
「でも、ちゃんとしないと後でトラブルになるからね。わたし、ちゃんと記録取るから安心して。」
「はぁ、助かるわ。」誠人が肩を落とす。
莉香はすでにスポンサー募集要項のドラフトを書き上げていた。
「先輩、こんな文面でどうでしょう?『地域密着型の挑戦』『高校生による手作りロケット』『地元商店街の皆様の応援で空へ』など、キャッチコピーを散りばめてみました。」
「へえ、いいじゃん。」
樹が感心する。「なんかやる気出てくる。」
わたしは文案を読み、少し手直しして、最終的に顧問の先生にも目を通してもらうことにした。
こうして、資金難への対応策は動き始めた。まだ一円も集まってはいないが、行動を起こさなければ何も変わらない。わたしたちは地域に根を下ろし、協力してくれる人を増やそうとしている。ロケット製作は技術だけじゃダメで、人とのつながりが必要なのだと痛感する。
「結局、宇宙開発っていろんな人のサポートで成り立ってるんだな。」
夜、自室でメモを整理しながら、わたしは独り言をつぶやく。
「資金の苦労も、こういうプロジェクトの一部なのかもしれない。」
ロケットが飛ぶまで、やるべきことは山ほどある。形になった試作品はまだないけれど、着実に前へ進んでいる感覚がある。人脈を広げ、文化祭でプレゼンし、寄付やスポンサーを得る。これこそが夢をカタチにするプロセスなのだろう。
窓の外は暗く、星は僅かに見えるだけだ。だけど、その一つ一つの星を目指す人間たちは、協力し合いながら前進している。小さな町の高校生が、町工場の青年が、商店街の人々が、ひとつのロケットを通じてつながっていく。
「絶対に成功させよう。」
わたしは静かに誓う。苦難は多いが、今は負けない。
このロケットが地上を離れ、空へと昇るとき、その背後には数えきれないほどの人々の思いが詰まっているはずだ。
コンテストまで残り2か月強。文化祭まであと2か月弱。
その短い期間にどれだけの支援を集められるか。それが、わたしたちの挑戦の成否を分ける鍵になる。
人と人をつなぎ、資金と物資を集め、夢へのカウントダウンを刻み続けよう。
わたし達はもう、後戻りできないのだから。