第4章:推進系の選択 - 燃料とモータ
翌日、わたしたちはさっそく行動を起こした。放課後、顧問の先生に「外部の町工場の方に製作相談をしたいんです」と申し出ると、先生は思ったよりあっさり了承してくれた。安全面を脅されるかと思ったけれど、「ま、外部の専門家がいるなら却って安心かもね」と笑って返してくれる。拍子抜けしたけれどありがたい話だ。
「じゃあ行こうか、柾さんのとこ。」
部室に戻って地図を確認すると、柾さんがいるらしい工場は校舎裏手の道を少し入った先だとわかった。以前わたしが彼と出会ったのは夕方だったが、今日はまだ日があるから周囲の様子もよく見えそうだ。
誠人、樹、莉香と4人で校門を出て、少し歩く。雑草の茂る空き地と、錆びた鉄骨がむき出しの古い倉庫。その奥には小さな町工場がある。看板らしきものはないが、薄汚れたシャッター横に「〇〇製作所」と書かれた古びたプレートが掛かっているのが見えた。
「ここ……だよね?」
わたしが戸惑いながら声をかけると、樹が「まあ、これっぽいな」とシャッター前に立つ。誠人は少し緊張した面持ちで肩をすくめ、莉香は後ろから「わたし、無礼のないよう気を付けます」と小声で言う。
ノックをすると、中から低い声がした。「おう、開いてるぞ。」
わたしがそっと扉を引くと、内部は薄暗いが、ちらりと見える旋盤や工具が並ぶスペースが目に入る。工業用の独特な匂いと、油染みたコンクリ床。廃材らしきアルミやスチールが転がり、配線がむき出しの機械が鎮座している。
「お、来たな。」
柾さんが作業台の椅子に腰かけ、こちらを振り返る。作業着姿に無精髭、そして、前に出会ったときと変わらない鋭い目つき。
「あの、この前お話しした科学部の二年・志織です。今日は、わたしたちのロケット計画について、ちょっと相談を……」
わたしがそう切り出すと、柾さんは顎に手をやりながらニヤリと笑う。「本気でやるってわけか。いいね、意気がある。」
挨拶もそこそこに、わたしたちはノーズコーンやフィンの基本構成、素材の話を切り出した。FRP成形について聞くと、柾さんは「FRP自体は扱えるけど、ちゃんとした型を起こすにはそれなりに手間がかかる。分離剤や樹脂、硬化工程で換気設備もいる。お前ら、ここまで本格的にやる気か?」と真剣な表情になる。
「正直、なるべく低コストで、でも軽くて丈夫なノーズコーンを作りたいんです。FRPが難しければ、もっと手軽な素材はありませんか?」
柾さんは棚を探り、白っぽい樹脂ブロックを取り出した。「これ、発泡ウレタンフォームってやつだが、削って形を作ってから表面を薄い樹脂フィルムでコーティングすれば、そこそこの強度で軽量にできるかもな。型作りよりは手軽だ。」
わたしたちは顔を見合わせる。FRPのフルスクラッチより簡単そうだ。樹が興味深げにそのブロックを指で叩き、「これなら学校でもちょっと加工できそうじゃねえか」と言う。
「先輩、実用強度が出れば、それで十分かと存じます。高度500メートル程度なら、極端なマッハ域に達するわけではありませんし。」莉香が静かに補足する。
柾さんは頷く。「ま、試しにやってみたらいい。材料はそんなに高くないし、少し分けてやるよ。」
わたしたちは思わぬ好意に驚く。「い、いいんですか?」
「ああ、俺も面白そうだと思ってるからな。ただし、完成したら見せろよ?」
力強い言葉に、わたしは胸が熱くなる。外部の人が興味を持ってくれるなんて思わなかった。
だが、ノーズコーン問題がひと段落しかけたところで、次の大きな壁が迫っていることに気づく。そう、「推進系」、つまりエンジン(モータ)の問題だ。ロケットはただの筒を作っても飛ばない。燃焼して推力を生み出す固体燃料モータが必要になる。
部室でさらっと話していたときは「市販のモデルロケット用モータを買えばいいんじゃないか」くらいに考えていたけど、実際どうやって入手する? 安全審査は? 許可は? モータはどこで手に入る? 値段は?
わたしは柾さんに聞いてみた。「あの、固体燃料モータって、通販で買えるんでしょうか? コンテスト側で指定のサプライヤーがいるとは聞いてるんですが……」
「海外から輸入してる店もあるけど、お前ら高校生じゃ個人輸入はハードル高いだろ。コンテスト公式サイトを見て、国内のモデルロケットメーカーかディーラーが紹介されてないか調べてみな。」
「はい、わかりました。」
誠人がスマホで公式サイトをチェックし始める。「あー、ここにあるな。指定の推奨モータリスト。この型番なら国内販売してるらしい。」
「で、値段は?」樹が訊くと、誠人は画面をスクロールし、「うわ、結構するぞ……1本あたり数千円くらい?」
わたしは思わず唸る。ロケット一機のテスト打ち上げで1本、失敗したらまた1本……となると、あっという間に予算が吹っ飛ぶ。固体燃料モータは使い捨てだから、練習打ち上げにはコストがかかる。
「予算面が問題ですね。」莉香が控えめに言う。「資金調達をどうなさるおつもりでしょうか?」
「うーん、学校から部費を追加で出してもらうか、商店街とかに協賛を頼むか……」
口に出してみたものの、資金集めなんてやったことがない。柾さんが腕組みして「地元商店街に顔が利く知り合いがいるから、後で紹介してやってもいいぞ。」と言ってくれたが、それも当てにできるかはわからない。
さらに法規制。コンテスト側が許可する範囲のモータなら一般販売されているはずだが、使用条件や安全教育を受ける必要があるかもしれない。
「安全マニュアルには、適切な打ち上げ場で発射することと、観客や周囲の安全確保が義務づけられてますね。」莉香と誠人がサイトから読み上げる。「高度計で設定高度に達したらパラシュート展開、落下時衝突を避けるにはGPSで位置特定……結構面倒だな。」
「面倒くさいけど、これが現実なんだね。適当に飛ばしていいもんじゃない。」わたしはそう言いながらも苦笑する。思ったよりも大人の事情がいっぱい詰まってる。子供の夢じゃ済まない世界だ。
「先輩、モータの出力特性や燃焼時間のデータも必要ですよね?」
莉香がノートを出して問いかける。
「そうだね。高度予測を立てるには、推力曲線が必要。モータメーカーが公表してる推力曲線グラフを参考にして、ロケット質量や空気抵抗を加味して計算しないと。」
「わかりました。では、まず指定モータのデータを探して、数値解析してみます。計算で高度予測が立てれば、ノーズコーンやフィンの調整もより的確になります。」
柾さんがニヤリと笑う。「お前ら、本当にやる気だな。まるで小さなJAXAみたいだ。」
わたしは照れくさくなって視線を落とす。「まだまだ素人ですけど、なんとか形にしたいんです。子どもの頃、星に憧れた気持ちの延長みたいなものですから。」
その言葉に、柾さんは少し表情を和らげる。「いいじゃねぇか、夢があって。俺で手伝えることがあれば言えよ。ノーズコーン以外でも、ちょっとした金属パーツ加工くらいは面倒見てやる。」
「ありがとうございます!」
わたし達2年組は一斉に頭を下げる。莉香も「本当に助かります、ありがとうございます」と丁寧にお礼を述べる。
その帰り道、夕暮れの空には薄い雲が掛かり始めていた。
「モータ……高いな。」誠人がぼやく。
「しかも一回使ったら終わりでしょ? じゃあ試験打ち上げも限られるな。どうする?」樹が眉をひそめる。
「とりあえず、一発で成功するなんて考えられないから、最低でも数本は用意したい。でも、試験用と本番用で5~6本? それだけで何万円も……」
わたしは頭を抱える。
莉香がそっと口を開く。「文化祭でスポンサー募集の展示などはどうでしょうか? わたしが計算結果やモデルをわかりやすく説明できれば、興味を持って支援してくださる方がいるかもしれません。」
「おお、文化祭か。確か2か月後だったよな。そこで寄付や協賛を募るってのはアリかも。」誠人がうなずく。
樹も「パン屋とか商店街の人にお願いして、名前入りステッカーをロケットに貼るとかさ。ささやかだけどスポンサーみたいな感じで。」と妙案を出す。
こうして、燃料とモータの問題は解決しないまま棚上げだが、方向性は見えてきた。モータは指定のものを買う。資金は工夫する。高度計算をして無駄打ちを減らし、限られた本数で成功を目指す。
部室に戻る頃にはもう暗くなりかけていたが、心の中は不思議と明るい。課題は増えたが、道は前に進んでいる。わたし達は自分たちのロケットに必要な要素を一つずつ明らかにし、何とか手を打とうとしているのだ。
「明日はモータの詳細スペックを調べて、莉香の計算に役立てよう。」
「はい、わたしは今晩、指定モータの推力曲線データを探しておきます。」
「助かる。じゃあ樹はノーズコーン用のウレタンフォームを明日持って来られそう?」
「柾さんがくれるって言ってたし、朝にでも取りに行くよ。」
「誠人は電子回路、GPSとか高度計の見積り出しといて。必要なパーツをリストアップしよう。」
「へいへい、了解。」
わたしは部室で軽く議事メモを取った後、ゆっくり深呼吸する。出来ることはたくさんあるし、すぐにはすべて片付かない。でも、一歩ずつやるしかない。
幼い頃に見上げたあの星空は、今のわたしの原動力だ。あの時はただ遠いだけだった宇宙が、今はロケットという実体を通して少しだけ近づいた気がする。
燃料、モータ、資金、規則、加工技術……どれも乗り越えるべきハードル。でも、それこそが「本物の挑戦」だ。簡単に手に入らないからこそ、やる価値がある。
家に帰り、デスクに向かってスマホを開く。コンテストサイトや関連ブログ、過去参加チームの記録を読み漁る。彼らも苦労しながらエンジンを選び、予算を捻出し、失敗を重ねた末に成功を掴んでいるようだ。
「わたしたちも、きっとできる。」
そんな自信が、わずかだが心の中に芽生えていた。
夜更けに窓の外を見ると、雲の切れ間から一瞬、星が光るのが見えた。あの星はきっと黙っているけれど、わたし達の奮闘を静かに見守っているかのようだった。
「やるしかないね。」
小さく呟いてから、わたしはノートを開き、新たな課題リストに箇条書きで項目を追加していく。
明日も忙しくなりそうだ。でも、わたしたちは前に進んでいる。
それで充分。夢への道は、確実にここから始まっているのだから。