第2章:仲間集めと部室の闇
翌日、まだ朝のホームルームが終わったばかりだというのに、わたしの胸はそわそわと落ち着かない。昨日、ロケットコンテストへの参加を決意してからというもの、頭の中で構想がグルグル回り続けている。モデルロケット用のキット、燃料、機体設計、電子制御、パラシュート展開システム……一から全部自分たちでやるとなると、膨大な手間と費用がかかるに違いない。
けれど、やるんだ。わたしは星を見上げて抱いた夢を、現実に少しでも近づけたい。朝の昇降口でクラスメイトたちが眠そうな顔で挨拶を交わす中、わたしは心の中で密かに拳を握る。「放課後、科学部の部室で正式に宣言しよう」と。
放課後になって、わたしは急ぎ足で部室へ向かう。廊下を歩きながら窓の外を見ると、青空はすっかり春めいていて、柔らかな光が校舎の壁を照らしている。こんな平和な田舎の高校で、ロケットなんて大それたものを作ろうなんて思う人は、ほとんどいないだろう。でも、だからこそ面白い。ここから宇宙への架け橋を作れるかもしれない――その一歩として、仲間たちを巻き込みたい。
ドアを開けると、誠人がいつものように窓辺でダラーッとしている。樹は古いPCのモニターを覗き込みながら、なにか調べものをしているらしい。莉香は入部したてらしく、まだ部室の雰囲気に馴染めないのか、机の端で黙々とノートに数式を書いていた。彼女は1年生なので当然わたしたち2年より後輩だが、その表情は常に冷静で、どこか大人びている。
「ねえ、みんな。ちょっと聞いて欲しいことがあるんだ。」
わたしが口を開くと、誠人が「ああ?」と気のない声をあげ、樹は「また何か思いついた?」と半笑いになる。莉香はペンを止めて「はい、先輩。何でしょうか?」と丁寧な口調でこっちを向く。
「昨日、顧問の先生から聞いたロケットコンテストのこと、覚えてる?」
わたしがそう切り出すと、誠人は「まあ、聞いたけどさ。あれ本当にやる気?」と苦笑。樹も「うちみたいな弱小科学部にロケットなんて無理じゃね?」と露骨に難色を示す。
「確かに簡単じゃないと思う。でも、やってみる価値はある。わたし、本気でロケット作りたいの。みんなで協力して、学校代表としてコンテストに出場しようよ!」
勢い込んでわたしが宣言すると、莉香が「先輩、それは本当に参加を検討されているということでしょうか?」と静かに聞き返す。
「うん、そういうこと。もちろん、ただの思いつきじゃないよ。わたしなりに昨夜から色々調べてみたんだ。」
実際、深夜までスマホで「モデルロケット 作り方」「高校生 ロケットコンテスト 条件」などといったワードで検索しまくった。どうやら、市販のモデルロケット用固体燃料モータは専門業者から購入できるし、キットも売っている。けれど、コンテストとなると既製品をそのまま使うだけじゃ勝てないし、ルール上ある程度の独自改良が求められるようだ。高度計測や安全な回収方法は必須で、飛行後のログ解析も評価対象になるらしい。
誠人が腕を組んで天井を見上げる。「けどなあ、金はどうすんだ? 部費なんて雀の涙だろ。電子パーツだって高いんじゃないの?」
「そこはこれから考える。資金は工夫して集めればいい。それに、町工場の柾さんって人と昨日話したんだけど、ちょっとした加工とか技術的なアドバイスは貰えそうだよ。」
「柾さん?」樹が目をしばたたく。「誰それ?」
「昨日、帰り道に会ったんだ。町工場の息子さんらしくて、ロケットの話もすんなり通じた。まだ具体的に頼めることはわからないけど、専門的な加工ツールが使える人が近くにいるだけで心強いと思うんだ。」
わたしがそう言うと、莉香が控えめに手を挙げる。「先輩方、わたし、計算や物理シミュレーションなどでお手伝いできます。ロケットの空力特性や燃焼特性を理論的に検討すれば、無駄な試行錯誤を減らせるかもしれません。」
「おお、いいね!」わたしは嬉しくなって声を上げる。「そういう計算とかシミュレーション、わたしは全然得意じゃないから助かる!」
すると莉香は微かに微笑んで、「お役に立てるのでしたら、いくらでも協力します」と真面目な声で答える。敬語はしっかりしているが、そこにはわずかな誇らしさが宿っている気がした。
誠人が気の抜けた声で「ま、じゃあやるとして、俺は何すればいいんだ?」と聞いてくる。
「誠人は電子工作が好きなんだよね? 高度計とかGPSとか、ロケットのデータ収集用に小型のフライトコントローラが必要になるはず。そういうのは任せられないかな?」
「GPSとかセンサーはArduino系で制御できると思うけど……まあ、やれって言うならやるか。面倒くさくなったら投げるかもだけど。」誠人は半分冗談めかして言うが、その目は少し興味を引かれたように見える。
「樹は材料や工作方面で力を貸して。ノーズコーンやフィンをどうやって成形するかとか、軽量で丈夫な素材を探すのに、実際の工作経験があると助かるはず。」
「俺かあ……まあ工具類は多少扱えるし、廃材探したりは得意だぞ。」樹が渋々ながらも肯定するように頷く。「けど、ちゃんと計画たててくれよな? 行き当たりばったりじゃどうにもならんだろ。」
こうして、なんとか全員を巻き込むことに成功した。もちろん、まだ確信はない。みんな本気で取り組むかはわからないし、途中で投げ出すかもしれない。だけど、スタートラインに立つことはできた。
そのあと、わたしたちは部室のホワイトボードを引っ張り出して、ざっくりとした計画を立ててみることにした。
「えーっと、まずはコンテストの開催日までどれくらいあるのか確認しなきゃ。」
樹がネットで検索すると、コンテストはおよそ3か月後に開かれるらしい。「思ったより時間ないぞ。」
3か月でロケットを設計し、材料を集め、組み立てて、テスト打ち上げまでやるとなると、かなりハードルが高い。けれど、それが逆に燃える。短期決戦のほうが気合が入るってもんだ。
「まずは大枠として、1か月で基本設計と試作、2か月目で本格的な組み立てとテスト打ち上げ、最後の1か月は微調整と予備期間にしよう。」
わたしがそう提案すると、莉香が首をかしげる。「先輩、もし試作段階で大失敗が続いた場合、1か月では厳しいかもしれません。少し余裕を見たほうが……」
「そうだよな、確かに……じゃあ、基本設計は2週間くらいで固めて、すぐに材料調達。試作とテストを同時並行でやるしかない。」
誠人が「焦るなよ、そんな簡単に決まるもんじゃねえだろ?」と言うが、わたしは苦笑するしかない。「わかってる。でも、とりあえずざっくりでも目標がないと、みんな動けないでしょ。」
その後、細かい課題が次々に出てくる。
「金はどうする?」
「燃料はどこで買う?」
「発射台はどうやって用意する?」
「パラシュートは自作? それとも既製品?」
「高度計とGPSはどれくらいの精度が必要?」
「顧問の先生に許可取らないとやばくない?」
「安全チェックや法規制は?」
わたしたちは互いに聞き合い、問いかけ、それぞれが首をひねる。
ふと、わたしは部室の埃っぽい棚に視線を向ける。そこには昔の実験道具が無造作に押し込まれ、ガラス瓶や錆びた工具、正体不明の機械パーツまである。
「ここで何か使えるものないかな……」
わたしがつぶやくと、樹が笑う。「あるわけないだろ。この部室、長年何もしてこなかったからガラクタ倉庫だぜ。」
「でも、探してみなきゃ分からない。」わたしは軽く肩をすくめてから、誠人と莉香を振り返る。「手伝ってくれる?」
「え、俺も?」誠人が面倒くさそうな顔をする。
「当たり前でしょ。自分たちのロケットなんだから。」
莉香は「先輩方、わたしもお手伝いします」と素直に応じ、スチール棚へと歩み寄る。
3人がかりでガラクタを引っ張り出すと、わりと面白いものが出てきた。
くすんだアルミ板、曲がったアルミパイプ、小さなDCモーター、謎のセンサーらしき基板など。古いのは確かだけど、加工次第で使えるものがあるかもしれない。
「このアルミ板、磨けばフィンの試作に使えそう。」
「DCモーターは……ごめん、ロケットにはあんまり必要ないかも。」
「この基板なんだろう? 誠人、分かる?」
「うーん……昔の気圧センサーかなあ? 動くか分からないし、今どき安いセンサーはネットで買えるから、これは微妙かも。」
収穫は少なそうだけど、「使えるかも」というだけで、気分は悪くない。こうして部室の奥から出てくる不用品すら、新たな挑戦の舞台装置に見えてくるから不思議だ。
夕方になり、日が傾いて窓に差し込む光がオレンジ色に変わった頃、わたしたちはようやく手を止めた。部室の床には散らばった廃材、空になった段ボール、手に取ってはまた戻した謎の道具たち。その中で、何となくチームワークが芽生えつつある気がする。
「今日はここまでかな。」わたしが声をかけると、全員が小さくうなずく。
「いや、マジでやるんだな、ロケット。」誠人は呆れたように笑う。
「先輩方、期日や安全面など、考えることは山ほどありますが……わたし、頑張ってみます。」莉香は真面目な瞳で言う。
「どうせやるなら中途半端は嫌だしな。俺も多少は本気出すか。」樹も観念した顔をしている。
わたしは部室の中心で、軽く手を叩いてみる。「よし、それじゃ明日から本格的に動き出そう。資料集めと予算の検討からやっていこうね。柾さんにも一度会って、話を聞いてみたい。顧問の先生には正式に参加表明して、書類とかルールとか細かいところをチェックしないと。」
「了解。」
「はい、先輩。」
「はぁ、面倒だけどな。」
そんな返事を聞きながら、わたしはこみ上げる熱い想いを噛みしめる。問題はたくさんあるし、成功する保証なんてない。それでも、星を見上げて憧れた気持ちは、きっと嘘じゃない。ここから先、失敗して落ち込むこともあるだろう。でも、その度に乗り越えていけば、わたしたちは今よりずっと高く飛べるはずだ。
部室を出る頃には、すっかり日が暮れていた。校庭の方を見ると、野球部がグラウンド整備を終えて引き上げていくところだった。大声で掛け合いをし、汗にまみれた部員たちを横目に、わたしは部室前で立ち止まる。科学部は目立たないし、実績もない。それでも、わたしたちには挑戦できる舞台がある。
その夜、家に帰ってから、わたしは部室で拾った謎の基板を机の上に置いて眺めていた。これをどう活かすかはまだわからない。でも、こうして「どうしたら使えるか」を考える行為そのものが、わたしには愛おしい。
ロケットを作るなんて無謀。周りはそう思うだろう。でも、無謀だからこそ面白いし、やってみる価値がある。
鼻歌まじりでネットを開き、ロケットコンテストの公式サイトをチェックする。安全規定、参加申請期限、使用可能モータの種類……課題は多いけど、読むたびに胸が高鳴る。
こうして仲間たちと共に歩み出した最初の一日が終わる。
あの星空を思い出す。あの時感じた無限の可能性は、今、小さな部室で新しいカタチになろうとしている。
わたしはデスクライトを消し、窓の外を見上げる。霞んだ町の空にも、かすかに星が光っていた。
「負けないよ。わたしたちのロケット、絶対に飛ばしてみせる。」
この先、何が起こるのかはわからない。でも、その不確実さこそが、挑戦の醍醐味なのだろう。わたしは微笑みながら、静かに目を閉じた。