6:異世界のカフェ
市場を抜けた先、細い石畳の路地の角に佇む一軒のカフェが目に留まった。木製の看板には優美な筆記体で「エルダーフラワー・ティーサロン」と書かれている。入口には季節の花々があしらわれたリースが掛かり、周囲には甘く芳しいハーブの香りが漂っていた。
「ここ、入ってみない?」
リリナが目を輝かせながら、アレクシスの袖を引っ張った。兄は微笑みながらうなずき、二人でカフェの扉を開けた。
扉が静かに開くと、カランと小さなベルが軽やかな音を響かせた。店内に一歩足を踏み入れると、柔らかい光がリリナを包み込んだ。淡いクリーム色の壁には、花模様が施され、天井からはクラシカルなシャンデリアが温かな光を落としている。床には木のぬくもりが感じられる古い木材が使われ、どこか懐かしい雰囲気を醸し出していた。
カフェの中央には、丸いテーブルがいくつか並べられており、その上には小さなガラスの花瓶が置かれていた。中には、淡いピンクや紫の花々がさりげなく飾られ、その香りが空間に溶け込んでいた。窓辺のテラス席は陽の光が差し込み、外の風景と一体化するように開放的な雰囲気を作り出している。
リリナは深呼吸をひとつし、香ばしいハーブと甘いフルーツの香りに包まれた空気を吸い込んだ。目の前には、カウンターでお茶を淹れている店主の姿があった。彼の動作はゆっくりで丁寧、まるでひとつひとつの動作に魔法をかけているかのように、優雅で美しかった。
「すごく落ち着く雰囲気ね……ここ、素敵!」
リリナは小さな声でつぶやいた。彼女は店内をゆっくりと見回し、その居心地の良さに驚いていた。まるで時間が少しだけゆっくり流れているかのように感じられる空間だった。
「ようこそ、エルダーフラワー・ティーサロンへ。」
店主が優しく微笑みながら二人を迎え入れ、リリナたちは空いている窓際のテーブルに案内された。窓からは市場の賑わいを遠くに感じながら、静かなティータイムが楽しめる特等席だ。
リリナが席に着くと、店主が差し出したメニューに目を走らせた。手書きのメニューには、魔法のハーブティーや特製デザートが並んでおり、どれも気になるものばかり。
「魔法ティーって……どんな味なんだろう?」
リリナは不思議そうに呟きながら、メニューのページをめくった。目に留まったのは「エルダーフラワーの魔法ティー」。飲むと気分が高揚し、心がすっきりと晴れると言われるお茶だ。
「このエルダーフラワーのティーにしようかな!」
「いい選択だよ、リリナ。ここのエルダーフラワーティーは特別なんだ。魔法の力が少し加えられていて、飲んだ後は体も心も軽くなるんだ。」
アレクシスの言葉にリリナは期待を込めて笑顔を浮かべ、注文を店主に告げた。
店主が淹れたお茶がテーブルに置かれた瞬間、ふんわりとした花の香りがリリナの鼻をくすぐった。カップの中には透き通った淡い金色の液体が揺れ、花びらが浮かんでいる。その美しさにリリナは思わず息を呑んだ。
「……わぁ、すごく綺麗。」
彼女は慎重にカップを持ち上げ、そっと唇に運んだ。甘くやわらかな花の香りと共に、お茶が喉を通り抜け、彼女の身体に広がっていく。
「おいしい……!」
リリナは目を輝かせながら一口飲むごとに、その魔法のティーがもたらす心地よさを感じ取った。身体が少し軽くなり、心も晴れ渡るような感覚が彼女を包み込んだ。
「ふふ、魔法ティーってこんな感じなんだ……なんだか、ほんとに魔法にかかったみたい!」
リリナは微笑みながら言い、アレクシスも優しく笑った。
窓の外では市場の賑わいが続いていたが、カフェの中は穏やかな静けさに包まれていた。リリナはその心地よい空気の中で、少しずつこの異世界の生活に慣れていく自分を感じていた。
──こんなに素敵な場所が、この世界にはまだたくさんあるんだろうな……
彼女はカフェでのひとときを楽しみながら、これから広がる冒険に思いを馳せていた。城の中では知り得なかった新しい世界の魅力に触れ、リリナの心は期待で膨らんでいく。