5:新しい世界への扉
朝の光が優しくカーテン越しに差し込み、リリナの部屋を明るく照らしていた。彼女はベッドから起き上がると、深呼吸をひとつ。今日は特別な日だ。
──今日こそ、町に出かけるんだ……!
リリナは目を輝かせ、ふわりとした感触のドレスを選んだ。淡いピンク色のフリルがついたそのドレスは、彼女の柔らかな髪の色にぴったりだった。鏡の前に立ち、長いグレーの髪をサラサラと手で整え、パッチリとした大きな瞳で自分の姿を確認する。
──今日もいい感じ。
思わず微笑みながら、リリナはドレスの裾を軽く揺らして一回転した。ふわりと広がるスカートが、まるで花びらが舞うように優雅に動いた。
「お嬢様、本日もお美しいですね。」
セリアがにこやかにリリナを褒める。彼女はいつものように丁寧で、穏やかな笑顔を浮かべていた。
「ありがとう、セリア!今日は初めて町に行くから、ちょっと緊張してるんだけど……でも楽しみだよ!」
リリナは少しはにかんだ笑顔を見せた。町に行くというのは、彼女にとってまさに大冒険だった。城の外の世界を直接見て、感じて、触れる機会。貴族としての暮らしが中心だったリリナにとって、町の人々やその生活を知ることはとても新鮮な体験になるに違いない。
──でも、ちゃんと上手くやれるかな……?
そんな不安が頭をよぎる。前世では普通の人間として生きていたが、今は貴族の一員。人々にどう接すればいいのか、何を話せばいいのか、リリナは少し戸惑いを感じていた。しかし、それ以上に町の生活を知りたいという好奇心が勝っていた。
城の中庭に出ると、既に兄アレクシスが待っていた。彼はいつも通り、堂々とした立ち振る舞いで、彼女を迎えた。
「リリナ、準備はできたか?」
アレクシスは、優しい笑みを浮かべながら、彼女の肩に軽く手を置いた。リリナはその手の温もりを感じながら、大きく頷いた。
「うん、準備万端よ!」
その言葉に、アレクシスは微笑を深めた。彼の青い瞳はいつも優しく、妹を見守る兄としての責任感が強く感じられた。
「じゃあ、行こうか。今日は君に町を案内するよ。」
リリナはアレクシスと並んで歩き始めた。二人が向かうのは城の外、広がる町並みだ。城を出ると、石畳の道が続いており、その先に見えるのは活気あふれる市場や商店、そして賑わう人々の姿だった。
──わぁ、すごい……!
リリナの胸が高鳴る。彼女が想像していたよりもずっと大きくて活気のある町が広がっていた。人々が行き交い、笑顔を浮かべながら、商人たちと話し込んでいる。市場には様々な品物が並び、果物や野菜、手工芸品、そして魔法で作られた特別な商品まで、色とりどりの品々が目を引く。
「ここが僕たちの領地の中心、エスファリエの町だ。」
アレクシスが町を一望しながら、誇らしげに言った。その名にふさわしく、美しい建物や広場が整然と並び、歴史と文化が息づいている様子が感じられた。
「すごい……こんなに大きな町だったなんて……!」
リリナは目を輝かせながら、興奮気味に町を見渡した。商店の前を通り過ぎると、店主がにこやかに挨拶をしてきた。
「お嬢様、ようこそいらっしゃいました!」
リリナは少し戸惑いながらも、笑顔で返事をした。
──こんなふうに貴族として挨拶されるの、まだ慣れないな……
彼女は心の中で思いつつも、町の人々が自分たち貴族に対して敬意を持って接してくれることに少しだけ安心感を覚えた。
市場の中を歩いていると、一つの屋台が目に入った。そこには、色鮮やかな果物や野菜が並べられており、その中でも一際目立つのは、真っ赤なリンゴだった。
「これ、すごく美味しそう……!」
リリナは思わず足を止め、屋台に近づいた。店主が笑顔で彼女を迎える。
「お嬢様、こちらは特別な魔法リンゴです。ひとつお試しになりませんか?」
「魔法リンゴ……?」
リリナは興味津々でそのリンゴを手に取った。見るからに艶やかな赤い皮が、まるで光を放っているかのようだ。
「このリンゴを食べると、一時的に身体が軽くなり、どんなことでも簡単にこなせるようになりますよ。」
「へぇ、そんなに便利なリンゴなんだ……」
リリナは感心しながらそのリンゴを眺めた。
──でも、これって本当に効くのかな……?
彼女は少し疑いの目を向けながら、軽くかじってみることにした。
「おいしい……!」
リンゴの甘さが口いっぱいに広がり、リリナは思わず笑顔になった。
「ふふ、魔法リンゴだけど、普通のリンゴより美味しいかも!」
リリナは笑いながら言い、周りの人々も彼女の楽しそうな姿に微笑んでいた。
町の中を歩き回りながら、リリナはこの世界での日常を少しずつ感じ始めていた。魔法が溶け込んだ生活、活気あふれる市場、そして親しみやすい町の人々。前世とはまったく違う世界だが、それでもここで生きていけるかもしれない──そんな希望が、彼女の胸に芽生えていた。
──ここで、私はもっと色んなことを学んでいける。
リリナはそう確信しながら、兄と共に町を見渡した。