2:新たな運命の始まり
リリナはベッドの端に腰掛け、指で自分のグレーの髪をそっと撫でた。外では鳥たちのさえずりが響き、朝の静けさが広がっている。
──なんで、こんなに懐かしい感じがするの?
彼女はふと、胸の奥で湧き上がる奇妙な感覚に気付いた。心が締めつけられるような、温かさと切なさが交差する感覚だ。何かが欠けているような、でもその欠片がゆっくりと姿を現そうとしているような……そんな感覚に包まれていた。
突然、目の前に置かれた小さなテーブルに目が留まった。そこには、小さな瓶がひとつ、淡い青色の液体が揺れていた。
──薬……?
リリナは手を伸ばし、その瓶を手に取った瞬間、脳裏にフラッシュのような映像が浮かび上がった。
──薬局の棚、カルテの山、患者の安堵した顔……。
突然、強烈な頭痛が彼女を襲った。額を押さえ、床に膝をついた瞬間、彼女の中でかつての記憶が解き放たれた。
「私は……医者だった……!」
視界がぐらりと揺れ、目の前の光景が薄れていく。あの時の忙しさ、患者を救おうとする気持ち、仕事に追われる日々……そして、過労で倒れた瞬間。
──なぜ?どうしてこんなことが?
彼女は震える声で自分に問いかける。しかし、答えは出ない。ただひとつの確信だけが胸に残っていた。
「私は、この世界に生まれ変わったんだ……」
リリナはゆっくりと立ち上がり、手にした瓶をじっと見つめた。これは、魔法薬。異世界での生活では、薬すらも魔法によって作られていた。しかし、彼女が前世で救ってきた患者たち、処方してきた薬、それは確かに現実のものだった。彼女の前世の「医者」としての経験は、今も彼女の中で生きている。
──この世界でも、私は人を助けられる。
リリナの心に、新たな使命感が宿った。異世界の魔法や貴族としての義務を理解しながらも、彼女は前世での自分とこの世界の自分がひとつになっていることを感じ始めた。
その後、リリナはセリアに導かれ、朝食の席へと向かった。広いダイニングホールには、優雅なテーブルセッティングが施され、金の縁取りが美しい食器が並べられていた。家族との朝食は、リリナがこの新しい世界での日常を感じる重要な瞬間だった。
彼女はテーブルの向かいに座る父親、貴族としての威厳に満ちた姿を見る。母親は優雅な微笑みを浮かべ、彼女の一挙一動を優しく見守っている。そして、傍らには血の繋がらないいとこが、何か話しかけようとしている。
この家族との関係性や、貴族社会での新しい生活が、リリナにとって未知の冒険であることを改めて実感させる。
しかし、その一方で彼女の心は、前世の記憶と今の世界との間で揺れ動いていた。
──この世界で、私は何を成し遂げるべきなのだろう?
彼女は、今はまだ見えない未来に向けて、静かに決意を固め始める。