薩摩国・伊作温泉
第6話!つ・い・に!ユーリは温泉に入ります!!
伊作温泉は、のちのジャパンでは、吹上温泉と呼ばれることになる鹿児島県日置市の温泉デス。
この温泉は、三方にマウンテン、西方には、のちのジャパン三大砂丘の一つになる吹上浜が広がる、薩摩の自然を存分に満喫出来る、知る人ぞ知る温泉地となってマス!By神(12月25日に、生まれたこと祝われがちの人)
「50年前くれぇに、百姓ん馬が見つけてきた温泉じゃ。おいと兄、弟たちで、戦のあとによう湯治をしけ行っちょっど」
さ、着いたじゃ。
島津義弘の案内により、辿り着いた場所は、島津氏の手によって、無造作に切り拓かれた岩場だった。
うわ。
沸き立つ湯気。にごりなく澄み切って、日差しを反射してきらめくお湯。卵が腐ったような、硫黄泉の独特の香り。むわっと辺り一帯を包む熱気。吹上浜と山に囲まれた、憩いの場。
――温泉だ。
これこそ、俺が何十年も希った日本の温泉だった。
「入って、……いいんですか?」
俺はごくりとつばを飲んで、義弘に聞いた。服を脱いだ途端、島津の兵にとらえられるんじゃないか、罠なんじゃないか、とかそういったことは一切考えられないほど、心の底から温泉を欲していた。実際、この義弘は疑う余地もなくいい人に思えた。
「そんために連れてきたんじゃ。遠慮すっな。温泉に浸かってわいの話を聞かせてくれ」
義弘が黒々と日焼けした肌から、真っ白な歯を見せて笑った。
俺はその言葉をきっかけに、颯爽と服を脱ぎ捨て、瞬く間にすっぽんぽんになり、温泉に飛び込んだ。
ばっしゃああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!
温泉に飛び込むのがダメなのはわかってます。でもすみません。今日だけは許して神様。
――今日だけは神も赦しマス。
だから、存分に温泉を味わいな、と大塚明夫のような渋い声が、天から聞こえた気がした。
「はっはっはっはっはっ!元気なわけもんだ。熱うなかか?バテレンには熱すぎるかもしれんど」
義弘が切り傷だらけの巨躯でどっぷり湯船に浸かってきた。ふぅ~、よか湯じゃなぁ。
ちゃぽ、ちゃぱ。
顔を濡らした手ぬぐいで拭き、はぁ~と義弘は満足気に微笑む。そして驚きの表情を見せた。
「ん?どうしもした?泣いちょるんと?」
「え?」
言われて気がついた。確かに俺の瞳からは、無意識に涙がこぼれていた。
「たぶん、その。嬉しくて」
「温泉がか?」
「はい。ずぅっと入りたかったんです。仕事がつらくて、死んだときも凄い寒くて、心が冷え切ってて、どうしても、温泉に入りたいって、それが心残りだったんで、だから、その」
「……わいがないをゆうちょっとかわからんじゃっどん、……わかっど。温泉は、最高じゃねぇ」
義弘の優しい声で余計に涙が止まらなくなったので、顔をびしゃびしゃお湯で洗う。
「はいっ、グスゥ……最高です!!!!!!」
――あったけえ。すげえ幸せだぁ。温泉って、いいなぁ。
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「こん湯は、おいが思うに、身体ん筋ん痛みや、皮ん病、切り傷なんかを治すとによう効っじゃろ。」
「神経痛、皮膚病、切り傷ですか。身体の芯の部分からあったまるし、指先もぽかぽか、冷え性にも効く気がしますね」
「はっはっはっは!わいはほんのこてようしゃべるっなぁ。こっちん言葉は完璧じゃ。ほんのこてバテレンけ?」
「ああ、実は、母親が日本人なんです」
まぁ、こっちの母親は、カタリーナ=カーマインというバリバリ外人だけども、前世の母親は、江原たか子(58)、ガチの日本人だから嘘ではない。
「あ!そういえばバテレンバテレンち呼んで名前を聞いちょらんじゃった。わいん名前は何じゃ?」
俺は、ユーリ=カーマインという名前、20歳であること(義弘は52歳なので30歳近く離れていた)、イエズス会の宣教師であること、ゴアから来たことなど、聞かれるたびに、包み隠さず答えた。
「改めてよろしゅうな、ユーリ」
「はい。あの、義弘さん。お尋ねしていいですか?」
「ん?」
「バテレン追放令が出ているんですよね?私を捕まえないんですか?」
「……島津が、去年まで秀吉ん軍と戦うちょったんな知っちょっか?」
「そうなんですか!?」
知らなかった。高校では日本史選択だったけど、戦国時代ガチ勢じゃないから、安土桃山期の九州地方のことなんて一個も存じ上げないわ!そうなんだ、戦ったんだ。
「で、勝ったんですか?」
「はっはっはっは!勝っちょったらバテレン追放令なんておいが出させん」
「そうでしたか」
バシャアアアアアアアアアア!
義弘が立ち上がり、引き締まった立派なお尻の割れ目が目の前に現れた。
「安心しやんせ。猿んそげんちんけな命令は無視すっつもりじゃ。島津はバテレンも琉球も、明だって歓迎すっとじゃ」
「良かったです」
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その後俺たちは、のぼせるまで伊作温泉に浸かり、湯上りに川の水を汲んで飲み、改めて宣教師の服を着直した。服の中でもまだぽかぽかする。いい気分だ。
温泉で平戸島(のちの長崎県に所在する離島)に潜伏しようとしている話を、ついゲロってしまった俺は、義弘に固く口止めすると、平戸まで道中案内してもらうことになった。
島津の領国経営は、当主の兄が行っていて、秀吉に降参して服従したこともあり、九州一帯は豊臣家のもの。
敵もいない今、大きな戦もなく、時間は腐るほどあるのだという。
「平戸に行っとが急ぎでなかなら、おいがもう一つよかところに連れて行ってやろうか?」
「え?まさか」
「おいん次男が治めちょう、日向国ん真幸院に、良か湯があっど」
「良か湯!?」
「日向国初ん温泉場、『鹿の湯』じゃ」
ひゃっほーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!
温泉最高!!!!!良い湯に浸かった記憶はかけがえのない思い出に変わります!
そして次回も、新たな名湯の予感!?