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辺境領主の三男坊、妖術使いの日陰もの令嬢を娶る  作者: 冴吹稔
第一章 家督(いえ)を継ぐもの
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三男坊の初陣.2

ところが、ボジルの思惑に反して敵の動きはおかしかった。


「……何をやってる、あいつら?」


 見張りに立った部下から困惑した声が上がる。

 ザリアの荷馬車隊は隘路へ侵入するかと思いきや、そのずっと手前で速度を緩めたまま。何かを探すか、あるいは――獲物を見失った猟犬が戸惑って辺りを嗅ぎまわるように、うろうろとあたりを練り歩いていた。


「妙な動きだ……どう見る、ガリン?」


 傍らの腹心に見解を問う。ボジルにしては珍しいことだった。


「先の襲撃のときな。列から離れてたところにいた馬が、囲みを抜けて西へ逃げたのは確かに見た」


「そういえばいたな。だがボジル、何であいつを逃した?」


「その方がいいからだ――例えば俺がここで死ぬとするな? お前が走って帰って、野営地に知らせる……残ってる奴らは慌てるし、怖気づく。それとも、怒るかもしれん。いずれにしても、心は乱れる」


「それが狙いか」


「それにあいつは、奴らの長、『領主』とやらが死んだ場所を覚えた。だから、本当ならまっすぐ取り返しにやってくるはず……」


 ボジルはやはり訳が分からなくなった。ひょっとすると、あの逃げ出した騎馬の男は矢傷でも負っていて、それがもとでどこかで死んだとかだろうか?

 いずれにしてもこのままでは面白くない。待つのも疲れるし、獲物を前にしり込みしているのは配下の忠誠心に水を差すだろう。


「よし決めた。罠の場所で仕掛けないと数の不利がそのままにはなるが……そこは皆の武勇と突撃の素早さで補うか。横隊を組んで一気に攻めよう」



 ――荒れ野に鬨の声が上がった。 


 二手に分かれていたボジルの軍勢は速やかに合流して横長に二段の隊列を組み、前列には騎槍、後列には彼ら特有の大きく強い弓を置いた。


「高みの風が早い! 遠矢では流れる、引きつけてから射ろ!」


 弓術に優れ風を読むのに長けたガリンが、弓隊に指示を飛ばす。槍を突き出した前列がザリアの荷馬車隊を、馬の一駆けする距離に捉えた時。


 その荷馬車隊が奇妙な動きをした。馬車五台づつが馬を内側に入れた円陣を組み、大盾を構えた歩兵がそのやや後方に、二手に分かれて陣取ったのだ。


(――なんだ? 見たことのない布陣だ……!)


 ボジルの首筋に、そそけ立つような感覚が走った。これは、迂闊に突っ込まない方がいい――


「槍隊、突撃中止! そのまま俺に続け! 弓隊はその位置から放て!!」


 ボジルとその騎馬隊は。荷馬車の全面で大きく弧を描くように進み、大盾の歩兵の方へと走った。その後を埋めるように飛来するのは、貴重な鉄の重く鋭い(やじり)を備えた戦矢だ。

 やや中途半端な距離。だが、それでもキルディスの弓なら荷馬車の幌くらいは貫く。そういう心算だったが。


 ――ドカッ。


 矢が飛んだその先で異様な音がした。そして静寂。普通なら上がるはずの、射貫かれた者の断末魔はいっさい聞こえない。

 次の瞬間、ボジルたちはその理由を知った。幌が取り払われて中から荷馬車の本体が現れたのだ。それは分厚い木材で作られた箱型をしており、側面には等間隔に小さな穴が並んでいた。


「何だありゃ……!」


「いったん退けぇー!」


 大きく迂回して駆け戻り、ボジルはガリンの弓隊と合流を果たした。馬を寄せて声を上げ、今見たものについて話し合う。


「ボジル、あれは……『城壁』だ! 奴ら、動く城壁を持ってきやがった!」


「バカな! 奴らどれだけの木材を用意したんだ!?」


 城壁というものは、ボジルも大体のところを理解している。言うなれば野営地に彼らが建てる、羊を守る囲いを極端に大きく頑丈にしたようなものだ。これまでにも何度か経験したが、モールダウンの土食らい共はあの壁の中にこもらせると滅法にしぶとかった。

 矢を射かけてもほとんど受け付けず、ボジルたちも何度となく攻めあぐねては、羊の繁殖期を迎えて撤退を余儀なくされてきたのだ。


 彼らの住む草原には、木材として十分な大きさと固さを持つ硬い木が乏しい。

 すなわちキルディスの文化において、木材を使った堅牢な建築物というものはほとんど発想の余地がなかったと言える。


「矢は駄目だ……ならば、よし。まずあの大盾の戦士どもから槍の餌食にしてやろう」


「おう!」


 彼らは再び横隊を組んだ。今度は弓兵も護身用の短槍を小脇に抱え、長槍にひるんだ敵に追いうちの突きを見舞わんと、意気込んで進む。

 だがそんな彼らの前で、大盾持ちの敵が盾の陰から杖のようなものを引き出した。その上部には、何やら手拭きぐらいの皮切れが皮ひもで取り付けられている。


 それが、ボルジたちに向かって一斉に振られた。


 ――ごっ!?


 ――パカァン!


 ――グシャ


 くぐもった悲鳴と何かが割れる音、潰れる音。どうと倒れて地面に横たわる、人と馬と馬と人と人――

 彼らを襲ったのは見るからに急造の投石棒(スタッフ・スリング)だった。


 投石紐(スリング)ならキルディスでもよく使う。遊牧の途上で害獣を追い払うにはちょうどいい、簡便で安価な武器なのだ。だが、単純な紐と皮片だけで出来たそれは使用に熟練を要し、集団で使うには適しないものだった。

 だが、敵の投石棒はいとも簡単な操作で、キルディスの紐と遜色ないかそれ以上の威力を有しているようだ。


「奴らがあんなものを……!」


 意表を突かれ、仲間の無残な死を前にして、部下たちの士気はひどく下がっていた。浮足立つところに馬車の「城壁」から短いが非常に強い矢が撃ちだされ、さらに数名の部下が馬とともに命を落とした。


 なおも二回ほどの突撃を試みた後、ボジルたちはついに一時撤退を余儀なくされた――

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うおおワゴンブルクだ!!
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