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辺境領主の三男坊、妖術使いの日陰もの令嬢を娶る  作者: 冴吹稔
第一章 家督(いえ)を継ぐもの
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三男坊の初陣.1

 翌日。


 ザリア辺境伯領の北東、国境の砦を目指して、歩兵百人余りからなる一団がラッセルトンの城を進発した。その列の前半には、十台からの頑丈そうな荷馬車が連なっていた。


 城下の領民たちは通りの両脇に人垣をなし、歓呼の声を上げてその行列を見送っていた。先頭を行く質素ながら手のかかった丁寧な造りの馬車が、彼らの目を引く。

 その傍らにはよく領内で目に入る小男の伝令が駿馬にまたがって付き従い、御者席には領主の三男ギリアムの腹心として知られる、家令の息子デレクが軽装の鎧をまとって陣取っていた。


「あの馬車……! ギリアム若様が乗っておられるのかな」


「どうだろう? 誰か人影が見えるけど……一昨日になさったって噂の演説の割には、ずいぶんひ弱なんじゃないかね……?」


「普通なら馬に乗るよなあ……」


 沿道の領民たちの間には、そんな声もちらほらと上がっていた。

 彼らは知らない――ギリアムは夜明けを待たず、すでに騎兵二十を率いて秘密裏に国境の砦へ向かっていた。


 そしてもう一つ、領民たちを訝しがらせたものがあった。馬車のうち一台には、帆船の索具のように、丁寧に輪を作ってまとめ(わがね)られた細く長大な麻のロープと、数種類の色で染められた布を縫い合わせた、骨組みのある旗のようなものが積まれていたのだ――それも複数の組になって。


「ありゃあ、何だろうな……?」


「ああ、あれかぁ。俺にはどうも、凧に見えるよ」


「凧!? それにしちゃ大きくないか」


 言わずと知れた子供の玩具である。

 一年の何割かは強風が吹き荒れるここザリアの地では、家畜の皮を加工した薄い皮膜を、ヤナギなどの細い枝を組み合わせた骨組みの上に張り拡げ、繰り糸をつけて空中へ放つ「凧遊び」がごく一般的なのだった。

 だが出征する軍勢の荷馬車に載っているからには、それは何らかの武器、兵器であるに違いない――


「何に使うんだろう……」


「うーん……目のいい兵隊が体を縛り付ければ、空に上がって遠方まで偵察できる、とか?」


「そういえば、ずいぶん昔に都の方で流行った滑稽本で、そんなやつがあったなあ」


 そう言って懐かしそうな顔をした中年男は、若い時分に行商の仕事でモールダウンのあちこちを旅したことがあった。時にはニステルとの国境近くまで。

 彼の言う滑稽本には、チーズに生えるカビの色にちなんだあだ名を持つ三人の冒険者が登場する。そのうちの一人「ベルティ」は、大凧に乗って空中を自在に飛び回るのだ。


「やれんことはないだろうが、あのくらいの大きさだと無理がないか。ちびのキリーでも持ち上がらなそうだぞ……?」


「だとすると何だ……?」


 ああでもないこうでもないと首をひねって議論するうち、荷馬車の列は街の門をゆったりと出て行った。



  * * * * *



 キルディス族には八つの支族がある。そのうちのひとつ、最大勢力を有するメカンバ氏の若い長ボジルは、今日も配下の戦士たち七十人と共に荒野に潜んでいた。


「気を抜くなよ、お前たち。奴らは必ず来る……俺たちが殺した戦士の体を、取戻しにな」


 西の王国「モールダウン」とやらの連中は、もうかれこれ百年近く、キルディス族の土地に割りこんで来ている。父祖伝来の土地にザリアなどと名付け、街や砦、城を作り、ボジルたちから羊に食わせる草を、漁を行うための川岸を奪い続けてきた。


 キルディス全てをまとめる頭領、ダムジャンはモールダウンにすり寄ろうとてか、一人娘“白妙の”マルーシャをザリアへ差し出そうとしている。だが、これはボジルにしてみれば到底受け入れられる話ではなかった。


(マルーシャは俺のだ。俺のものだ……!)


 幾重にも張り巡らされた天幕の深奥で育ち、日焼けのしみ一つないマルーシャこそは、ダムジャンのこよなく慈しむ掌中の珠。

 だが、ボジルは互いにまだ幼かった五年前に、マルーシャの姿を垣間見ている。その日から彼女の面影を忘れたことはない。他の誰にも渡すつもりはなかった。


 だから、円満に進んでいた縁談をおとりにザリアの領主を包囲し、殺してやった。

 ダムジャンはまだそれを知らない。


「全く、ダムジャン様も……キルディス最大の脅威と誼を結んで、どうしようというのか」


 ザリアを潰し、奪われた土地と威信を取り戻せば、ダムジャンとてボジルを責めることはできまい。そのうえで晴れて彼女を娶り、ダムジャンの跡目を獲る――それが目下、彼が何よりも執着してやまない野望だった。


 ――ボジル! 来たぞ、奴らが来た!


 部下の中でも遠見に優れた一人が、彼のところへ駆け寄って注進した。


「どんな具合だ?」


「馬車が十台居る、それと、兵士が百人くらいか」


「おお、そうか!」


 ボジルは喜色を満面に現して武者震いした。


「よし、ここには見張りを残して二手に分かれ、いったん遠くへ下がれ……そうさな、千と五百歩だ。それだけ離れれば、モールダウンの土食らい(農民)共にはこちらを見つけることはできん。奴らが油断して死人の収容を始めたら、土手のところへ集まるぞ」


 ――応! ボジルの知恵よ、我らに勝利を!


「前回よりちょいと多いが、百人いても同じことだ……! この殺し罠で、あと二回は殺してやろう。奴らが守備隊も維持できなくなるまで削り取ったら、次は奴らの町へ攻め込んでやる!」


 さすれば、めずらしい酒や布に貴重な鉄の武具、臆病だがよく働く、見目好い女どもが手に入るだろう――ボジルはそう請け合って、大いに部下たちを鼓舞したのだ。

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