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辺境領主の三男坊、妖術使いの日陰もの令嬢を娶る  作者: 冴吹稔
第一章 家督(いえ)を継ぐもの
6/10

邪知では引けを取らぬ事

「キリーは戻っているか?」


 城の中庭を横切り、兵舎の間を足早に歩きながらギリアムは昨日の伝令を探した。厩舎の前でかがみ込んで作業をしていた男が顔を上げてこちらへ手を振る。


「ここに居ります、ギリアム様!」


「おお、帰っていたな。苦労を掛けた……少し訊きたいことがあるが構わないか」


「はい、ギリアム様の為なら喜んで、なんなりと!」


 ありがたいことに、ザリアの兵士たちは概ねラッセルトン家への忠誠が高い。ギリアムはキリーへ手招きすると、そのまま歩き続けた。


「仕事は山積みだ、時間が惜しい。歩きながら話そう――お前は、父たちと一緒に塞外へ赴き、キルディス族の包囲を受けた。そうだったな?」


「はい」


「父たちの手勢の数と編成はどうだった? それと、敵の規模と動きについても知りたい。出来れば編成も」


「そうですね、確か……」


「わかる範囲でいいぞ、はっきり覚えている事だけ話してくれ」


「かしこまりました。まず我が方ですが……お館様とハーマン若様、お二人の他に、軽めの具足をつけた騎兵が十名。それに――」


「うむ」


 兵士たちはともすると、主君や指揮官に喜ばれようと意気込むあまり、実際には見ていないものまで憶測や伝聞で捏ね上げ語ってしまうことがある。だがどうやらこのキリーについては、その心配はなさそうだった。


「飾り付けた荷馬車、二台分の積み荷がございました。輿入れに先立っての会談ゆえ、その場で贈り物の交換も行う運びであったと聞き及んでおります。他には糧秣を積んだ荷馬車が三台に、徒歩(かち)の兵が二十名ほど」


「なるほどな……」


 父がさほどの警戒もせずにその程度の人数を率い、高価な荷物を伴って出た――とすると、輿入れの話は表向き、相当に礼を尽くし意気込みを見せて進められていた、ということか。


(王都での道すがら、デレクから聞いた話とは少し食い違うが……あいつが俺を迎えに来るまでに、ザリアを発って半月はかかっている。そう思えば矛盾はないか)


「なかなかに物覚えがいい。助かるよ……敵はどんな様子だった?」


「会談に指定された地点の少し前、道の両側をやや高い土手に囲まれた場所で、不意に現れました」


 ギリアムはそれを聞いてほぞを噛む思いだった。


「ああ……襲撃にはもってこいの地点だったな、それは……!」


 そのような両側を囲まれた隘路は、兵法について学べば必ず危地として挙げられる地形なのだ。


「はい。お館様も地形の難点にはすぐに気づかれたようで、全隊に駆け足を命じられたのです。私はおそば近くについておりましたが、列から離れて距離を取るように仰せつかりました。ですがその時は、既に――」


「そうか。父上たちは運がなかったな……うん。続けてくれ」


 実際には運というより油断だ。だがギリアムはそれを口に出すほど冷徹にはなれなかった。


「はい。キルディスの者どもはすべてが馬に乗っており、射手が二十名ほど、槍と盾を構えた者が三十名ほどいたと思いますが……全容は定かではありません。土手の上から矢を射かけ、我らが混乱したところに隊列の前後ろから挟み撃ちを仕掛けて参ったのです」


「そうか、そうか。なるほど……なるほどな」


 ギリアムは歩きながらしばし考えこんだ。

(つまり、敵には地形を利用して罠を仕掛けるだけの知恵が回るということだ――)


「ギリアム様……?」


「あ。うん」


 呼びかけられて気づけば、下唇がずきずきと痛み、口中に血の味がする。無意識に噛みしめてしまっていたらしい。


「よくわかった、キリー。お前が知らせを携えて戻ったのは幸いだった」


「いえ……」


「加えてその、過不足ない観察と報告。働きには必ず報いよう……だが、ここは一つ俺の出陣にもついてきてくれないか?」


「是非にも! 何としても奴らに、然るべき報いを呉れてやりたく……」


 うなずくキリーの顔には、いかにも無念そうな色が浮かんでいた。


「うん。まずは軍議と、それから陣容を整えねばならん。厩舎の仕事を邪魔して悪いが、もう少し一緒に頼む」



  * * * * *



「繰り返すが、我々の第一の目標は、遺体の回収だ。そこは動かん。我が家だけなら強いて我慢もできるが、兵士たちの家族にはそうもいくまい」


 ギリアムは広間に集まった家臣たちを前にして断言した。これで二度目だ。


「しかし、危険ですぞ。回収は馬ではできません。どうあっても、歩兵や荷運び人、あるいは荷馬車が必要になります。そこを襲われては……」


 マクライン爺が眉根に影が落ちるほど深いしわを寄せて、そう言い募った。


「分かっているさ。それに、奴らの立場にたって同様に邪知を巡らせば……敢えて遺体はそのままに置き、回収しに来る我らを再び罠に嵌める、ということも可能だろうな」


 ギリアムは、テーブルの上に広げられたザリアの地図を指さした。測量が不十分で不正確もいい所の代物だが、それでも三代にわたる探検の労苦と、ザリアとキルディス双方の人命の犠牲をもって編まれたものだ。


 そこに描かれた街道の線上に件の隘路が、彼ら兄弟が幼少時に遊んだ繊細な積み木玩具の細片(ピース)で再現されている。


「ここで回収部隊を待ち伏せれば、敵は何度でも我らを殺せる、というわけだ」


「それならなおの事……」


 言いかけてマクラインがぎょっとしたように目を見開いた。


「見えたる罠に飛び込む者なし……まさか、ギリアム様」


「……《《そのまさかだ》》、と言いたいところだが、食い違っていたらお笑いだからな……何を考えたか、言ってみてくれ」


 老家令は「はは」と乾いた笑いを漏らした。


「その……敵の策略の裏をかいて、我が方を待ち伏せる敵の一隊に逆撃を?」


「いい線だな! 七十点やろう、ラドヴァの学院なら文句なしの及第だ」


 年長を揶揄うと取れなくもない言葉に、マクラインはまた顔をしかめた。


「三十点も引かれますか……ちと心外ですな。では、ギリアム様の心算は如何に?」


「そうだな、俺なら輸送隊を餌に、敵を待ち伏せの場所にくぎ付けにして置いて……その隙に」


 ギリアムは、隘路の場所からさらに遠く、国境から奥まった一帯を、鞘ごと腰から引き抜いた小剣で掃くように差し示した。


「我が方は騎兵のみをもって敵の後背へ侵入し、穀倉を焼き、家畜の柵を破って荒らしまわる」

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