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辺境領主の三男坊、妖術使いの日陰もの令嬢を娶る  作者: 冴吹稔
第一章 家督(いえ)を継ぐもの
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ギリアム、領民を鼓舞する

 荒野を馬車で駆け抜け、ギリアムたちは日暮れ前に、どうにかラッセルトンの城を見ることができた。


「馬は潰れずに済んだか……ありがたい。丈夫な奴らで助かった」


 ――馬車用の品種ですし、車の方も車台だけは最新式のものを使っていますから。ギリアム様のためにと、お館様も張りこまれたのです。先見の明でありました。


 意を得たりと述べ立てるデレクだったが、その声は流石に震えていた。


「城の様子は……いや、いい。俺も見る」


 城に面した側の窓を開けて、頭を外へ突き出した。西日を浴びた丘の上に立つ城は質素だが壁を分厚く作ってあり、ギリアムたちのいる場所からはちょうど、うずくまった狼のように見える。

 丘の周囲には低い城壁に囲まれたささやかな町があり、木製のやぐらを備えた門の辺りには、いつになく多くの人々がぞろぞろと集まりつつあった。


「籠城でもしようというんじゃあるまいな……」


 ――いや、父が指揮しているなら、そんな愚かなことはせんでしょうが……


 デレクが即座に否定した。ラッセルトンの城は形こそザリア開拓時代以前の城塞都市を模しているのだが、平時の何倍もの人間を受け入れて食わせ、長期間持ちこたえるようにはできていない。

 そのことは、ギリアムたち辺境伯家の一族も、その家臣たちも、身に染みて熟知している。


 おそらく、国境での凶事のうわさが誰からともなく広がり、領民たちが不安に駆られているのだろう。そう思案しながら門の辺りを今一度見ると、集まった人々の列を前に、兵士たちの一団が槍を擬して入城を拒んでいるさまが見て取れた。


「まずいな。あれは早急に落ち着かせないと、ややこしいことになるぞ」


 ――確かに。しかし、どんな手を?


「そりゃあお前……()()()()()()()()()、だよ! 城門へ突っ込めデレク、あの槍衾の前まで」


 ――ギリアム様、信じてますからね!?


 デレクが四頭の馬車馬に鞭を呉れ、馬車は再び走り出した。その間にギリアムは、今度はドアを押し開き、側面の手すり棒を頼りに体をほとんど丸ごと外へ乗り出した。


「道を開けろ! ギリアム・ラッセルトンだ、今帰った!」


 轢かれるのを恐れた群衆が後ずさり、ぱあっと蜘蛛の子を散らすようにその場を逃れた。


 ――ギリアム様だと!?


 ――お帰りになられたのですか! 何という巡り合わせに!


 兵士たちが驚いて槍を引き、馬車が通る道を開ける。だがギリアムはその場を通り過ぎるのではなく、ひょいと屋根の上に登って群衆に向き直り、両手を広げたポーズを取った。 


「我が親愛なるザリアの領民諸君、私はザリア辺境伯が第三子、ギリアム・ラッセルトンだ! 知っての通り、キルディスの牧人たちはこの地の平和と安寧を求める我らの志を、無思慮にも武力をもって踏みにじった――」


 ――ギリアム様、それはまだ……!


 兵士の何人かが顔色を変え、必死で手を振ってギリアムを制止しようとした。だが、ギリアムは彼らを一瞥すると一つかぶりを振って片目をつぶり、再び領民たちに呼びかける。

 同時に、ベルトに仕込んだ「騎士の護符」を発動させた。


「火急の事とて不安もあるだろう、だが、私はここで諸君に申し上げる――このザリアを戦場にはさせん。城市に立てこもる必要などない……奴らがそのつもりなら、我らはこちらから打って出るのだ!」


 そう宣言したところで、騎士の護符の発動が完了した。ギリアムの全身をカッと白い光が覆い、次の瞬間、金色に輝く全身鎧とそれを覆う純白の外套(コート)が現れた。さらにその背中には、毛先に金の光を帯びた、巨大な灰色狼の毛皮で仕立てられた長大なマント。


 人々の目がその華美な武具に吸い寄せられたところで、ギリアムは渾身のハッタリをぶちかました。


「この『聖王の衣装』に込められた祝福が、ザリアとこの地に住まう諸君を必ずや守るであろう! 今は各々、ひとたび帰るべき家に引き取って、今日のこの日を生き延びるという、最も尊い戦いに備えよ。そのうえで余力のある者は、後日武器を取って我が陣営にはせ参じて欲しい!」


(さあ、どうだ……!?)


 ふた呼吸程の時間が静寂のうちに流れ。

 しばし呆然とギリアムを見つめていた群衆の中から、誰かが鋭く叫んだ。


「ギリアム様万歳! ザリア辺境伯領万歳!」


 たちまち熱狂に染まった人々が、口々に叫び出す。


 ――ラッセルトン家万歳! 


 ――キルディスに報いを! ザリアを守れ!


(よぉし……!)


 ふぅ、と息を吐いて肩の力を抜く。とんだ茶番だ。「騎士の護符」には装束と甲冑、武器の組み合わせがセットで数種類登録されているが、今出したのは「扇動者の戴冠」と呼ばれるひとそろい。

 武具としてはごく平凡な、むしろ重さの分動きが鈍る代物だが、着用者に「魅了」と「雄弁」の特殊効果を付与し、その印象を強力に底上げするというものだった


「また、思い切ってぶち上げましたね、ギリアム様……」


 デレクがひどく心配そうな顔でこちらを見ている。ギリアムは苦笑しながらもいたって本気で答えた。


「勝手に方針を決めたとあれば、デクスター兄やマクラインの爺にどやされそうだが……なに、事の趨勢はどのみち、俺の言ったとおりになるさ」


 ギリアムには、自分の家と領地のことはよくわかっていた。キルディスの遊牧民たちのことも。彼らにザリアが対処するには、まずもって打って出るしかないのだ――ただし、そのためには解決すべき問題がいくつかあった。


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