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辺境伯領の暗雲

 モールダウン王国を横断すること、かれこれ十日の旅。風景は次第に様相を変えていた。


 高木が減って丈の低い灌木が増え、見通しのいい丘陵と険しい岩山が繰り返し現れる。かつて古い時代には「困難の地」と呼ばれた、これこそがザリアの大地が見せる(かんばせ)なのだ。


「ここまで来たらあと少しだ、親父の顔も久しぶりだな……」


 ――きっとお待ちかねですよ。少し急ぎますか。


「無理はするなよ、馬もそうそう換えられるもんじゃないからな」


 帰れば、父も兄たちも喜んでくれるだろう。ラッセルトン家三代の歴史の中で、ニステルまで赴いて学問をしたというのは自分が初めてだ。

 父を補佐して政務と軍事の要を務める、剛毅で実直な長兄のハーマン兄と、陽気な酒好きで享楽にふけるところがあるが、独学と農民からの地道な聞き込みでザリアに向いた農業の手法を確立しかけている、次兄のデクスター兄。


 二人にとっても、ギリアムの収めてきた学問といくらかの魔法の心得は、大きな助けになるはずだ。地方貴族の三男坊など大方は決まりきったコースしかない人生だが、働きとその成果次第では、分家を任せてもらうようなこともないとは言えない。


(そうしたら――)


 いつのまにか、そのあやふやな未来図の中にニルダ・ハイベリンの立像を思い描いていたことに気付いて、ギリアムは人知れず赤面した。

 どうも、自分は世間に言うところの「一目ぼれ」なるものをやらかしてしまったのかも知れない。


「いや、莫迦だろ俺。あんな名家の、いくら親に疎まれてたっておいそれと嫁にもらえるはずが――」


 あるか? 

 ないない。


「だけど……連絡は取れるようになっちまったんだよなあ……」


 肩にとまった『(ダヴ)』に向かって指を近づけると、魔法の鳥は首を延ばしてくちばしでついばむようにじゃれるしぐさを見せた。ついでに言うと、この鳥は翼の下に隠した手を器用に使い、小さなグラスでワインを飲むことができる。東クロルダのラッセルトン別邸で一度試したが、なかなかに奇怪な見ものではあった。


「まあ、せっかく呉れたものだし、何かの機会には役に立つか……ニルダ嬢以外のとこへも手紙を運べると便利なんだけどな」


 そんな独り言をだらだらと声に出していると、なにやら遠くから馬の蹄音が響いてきた。


「何だ?」


 馬はザリアでは比較的貴重な家畜だ。質のいい餌と水を必要とするし、こまめに手入れをして休息を与えねば、すぐにつぶれて廃馬と化す。重要な軍事行動でも起こさない限りは、騎兵を繰り出すこともない――だが、ギリアムが耳にした蹄音は、あろうことか最も速度の出る走り方のリズムだ。


襲歩(ギャロップ)……! それが一頭ってことは」


 ――ギリアム様! 前方から馬が来てます。ラッセルトン(お家)の紋章入り三角旗(ペナント)を流して……!? 


「馬車を停めろ、伝令だ! 場所を考えると俺宛てしか考えられん!」


 ――御意!


 どうどう、と馬を叱りつけて立ち止まらせる気配。襲歩の蹄音はやがて速度を落とし、速歩から並足へと変わって馬車のそばで停まった。

 馬車の窓を開ける。見覚えのある顔の騎兵が汗びっしょりでそこにいた。


「キリー! お前か……!」


 小柄な体が幸いし、馬に負担を掛けずに遠くまで駆けられることで重宝されている、ザリア守備隊の伝令兵だった。


「ギリアム様! ここでお会いできるとは……」


 本来なら、街道沿いに設けられた伝令所まで行ってそこに指示所や報告を置いていくのが普段のやり方だ。ここまで通ってきた地点の伝令所には、ギリアムたちも立ち寄って、何か変事がないか確かめながら来ていたのだが。


「どうした、何があった!?」


「キルディスから、輿入れの件で会談の申し込みがありまして……お館様とハーマン若様が、手勢と共に国境へ向かわれたのです。私も非常時の連絡のためにお供いたしましたが……」


 苦しそうな表情で話すキリーの様子に、ひどく悪い想像が膨らんでくる。それは的中していた。


「会談は罠でした。我が方は包囲され、お二人は奮戦の末、討ち死になされたのです」


「何だと……」


 愕然とした。父と兄が死んだとあれば、今ザリアを守るのは――


「私は守備隊への急報を命じられてどうにか囲みをすり抜け、泣く泣く城に戻りました。今はマクライン殿が、守備の指揮を執っておられます」


「父上が……そうですか」


 デレクの声がかすれていた。マクラインとは我が家の家令、デレクの父親だ。


「分かった。一刻も早く城へ戻ろう……! デレク、この馬たちは潰して構わん、このまま街道を駆け抜けろ! キリーは馬を休ませるか、この先の伝令所で馬を交換してから追って来い」


 まだデクスター兄の名前が挙がっていないのが気になるが、ことは一刻を争うようだ。ギリアムは自分の肩の上に、俄かにザリア全土の重みが圧し掛かってくるのを感じていた。


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