◇224 湯の華
ヤバいニオイがする。
あれからどのくらい歩いたのかな?
多分だけど、二十分くらい?
慣れないガスマスクを着けて、視界があんまりよくない中を、私達は一生懸命進んだ。
「全然見えて来ないわね」
「そうですね」
ベルの不満に、雷斬は反射する。
確かに全然目的地に辿り着かない。
もしかして、騙され続けているのでは? とか、疑いたくもなる。
「そんなことないよー。ねぇー」
フェルノはキラキラ笑顔で答えた。
さっきまで不満そうだったけれど、何故かテンションが上がっている。
それもその筈、歩き続けてハイになっていた。
「フェルノ、黙ってくれ」
苛立ったのはNight。
それも分かるけれど、フェルノのテンションは相変らず高め。
もちろんそれが本当の理由じゃなくて、荒い息遣いが聞こえた。
「ぜはぁぜはぁぜはぁぜはぁ……」
Nightの呼吸が完全に乱れている。
今にも途切れてしまいそうで、背中が丸くなっている。
これ、相当マズいのでは? 私は心配になってしまった。
「大丈夫、Night?」
「ああ、なんだ? なにか言ったか?」
「な、なんでもないよ」
これはダメだ。本当に限界が近い。
いつもなら、素早く返してくれる筈の談笑にも返してくれない。
きっとと言うか確実で、Nightの体力が限界ギリギリに入っていた。
「は、早く付いてくれないと、ヤバいよこれ」
誰が如何見ても、冷静ではいられなかった。
私達は果てしなく続くと思われる源泉までの道中。
正直喋る気力も湧かなくなると、視界が悪い中で、不意に壁沿いではない方に視線を飛ばす。
「うわぁ、結構高いね」
湯帖山は当然山だから、緩やかに傾斜が出来ている。
そのせいだとは思うけれど、右側には壁がある。これは天然の土壁だ。
大して左側。その先は地獄が待っている。
ふと覗き込んでしまったのは、谷底になっているから。
きっと落ちたら助からないし、何だか変な音まで聞こえる。
不気味に思ってしまう中で、Nightはフラフラとしながら、底の方を確認した。
「まだ、続いているのか……」
不満そうに呟いたNight。一体何を見つけたのかな?
正直私達には全く分からないけれど、きっと何かあるんだろう。
それがこの先に続いているとすれば、きっと……
「はぁ。いつになったら辿り着くのよ」
ベルが胸の奥に仕舞っていた不満を吐き出す。
そうだよね、こんなヤバい所、早く帰りたいよね。
私も不満が膨らみ出すと、Nightはパッと答えた。
「ここまで来たんだ。行くしか無いだろ」
そうなんだよ、もう山の中腹まで来ちゃった。
だから今更引き返すなんて選択肢は最初から無い。
もちろんそんなことは百も承知で、ベルは壁を叩いた。
「そんなの分かっているわよ。でもね、ここまでの道中、【風招き】を使ったけれど、一つも音が聞こえないのよ?」
ベルの種族スキルは【風招き】。風を起こして、風を辿ることで音を感知する。
とんでもないスキルだけど、集中力が必要になる。
精神を削られるのも当然で、そのスキルに助けられてきたけれど……っていうよりも、あれ?
「えっ、ずっとスキルを使ってたの?」
「そうよ。でもね、道中で温泉が流れる音は聞こえないの。こんなのおかしくない?」
この状況下でスキルを使い続けていた。
それは精神が削られちゃうよと、ベルの根気にグサリと来る。
温泉の流れる微かな音を辿り続けていたベルだけど、ついに不満が爆発した。
「た、確かにおかしいよね?」
「でしょ? これ、騙されているんじゃないかしら」
私はベルに乗っかった。
味方を得たベルはクロユリさん達を嘲笑する。
実際ここまで何も無いと、不安の方が強まるもんね。
貰った地図もあまりにもアバウトで、全然分からない。もしかしたら、隣の山かもと、板状の鍵の存在を無かったことにしようとした。
「ベル、それはないと思いますよ」
「どうしてよ」
珍しく反論したのは雷斬だった。
今の所、ベルの方がやや優勢? でもないんだけど、ここから逆転する切札があるのかな?
期待してしまうと、雷斬はバッサリと切り捨てた。
「温泉が出なくなった=温泉が無い訳ではありません。スキルの長時間使用で、精神を病んでしまうのは止めましょうね」
普通に大人な解決と、注意を促し掛けた。
本当に考えなくてもそうだけど、温泉が出ないなら、温泉が流れている訳がない。
おまけに源泉に何かあったとすれば、それまでの道中に異変が起きていても不思議じゃない。
最悪な環境下の中、集中力を必要とするスキルを長時間使い続けてくれていた。そのせいで精神を病みそうになってもおかしくはないんだと、改めてスキルが自分の一部であることを思い知らされる。
「そうね、冷静じゃなかったわ」
ベルも反省した。その時だった。
Nightがそれっポイことを言う。
凹んでいた空気を盛り上がらせた。
「それじゃあみんな、気を取り直して」
「うーん、あれ?」
私が空気を換えた瞬間、フェルノが何か見つけた。
ジッと見つめていると、私はフェルノに声を掛けた。
「どうしたの、フェルノ?」
「ねぇねぇ、アキラー。アレ、なにかなー?」
「アレ? なに、あの塔」
突然視界に入ったのは、霧に包まれた塔。
漂う霧のせいで、上手くは視認できない。
ずっとここまで気が付かなかったのは、霧が晴れていなかったせい。
漂っているものの、薄っすらと切れ目が生まれた。そのおかげで死人できたけれど、何かあるのは間違いなくて、私達は興奮する。
「なにあれ!?」
「行ってみようよー」
「そうね。流石にテンションが上がるわね」
興味が一気に湧き上がった。
明らかに湯帖山に来て、一番の謎。
視線を釘付けにされると、源泉の近そうだから、自然と鼓動する。
「アレは……」
Nightは何か思うことがあるらしい。
だけどそんなの関係無い。
フェルノはキラキラとした瞳を浮かべる。
「行ってみようよー」
「お、おい。勝手に行くな」
フェルノは勝手に突っ走った。
凸凹な地面を蹴り上げると、子供のように真っ直ぐ突き進む。
「ま、待ってよ、フェルノ!」
一人で行くと危ない。
そう思った私は、勢い余って走り出していた。
「勝手に行ったな……」
「行きましょうか、Nightさん」
「そうね、行くわよ、Night」
Nightの制止はまるで効かなかった。
私まで勝手に行っちゃったんだ。
仕方がないので、みんなが続く。
「はぁ。これは、準備が必要だな」
Nightは溜息をガスマスク越しに溜息を付いていていた。
しかしその手には【ライフ・オブ・メイク】を発動中。
何か作っているのか、もの凄く物騒だった。
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