◇212 馬車に揺られて痛たたたぁ……
こういう何も起きない話は結構大事な気がする。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ!
私達は馬車に揺られていた。
これから向かっているのは、予定通りモミジヤ。
今日は一日仕事で馬車に揺られる。頭上には青空が広がっていて、この世界にも四季があるから、現実の空よりも夏から秋へと移り変わる変化が大きい。
「見て、あの雲の形」
「アレは巻雲だな」
「「巻雲?」」
見つけたのはサッと空のキャンパスに刷毛で引いたような形の雲。
それが幾つもあって、ササッと線を描いたみたい。
引っ掻き傷みたいで痛々しいけれど、空気が変わったのが分かった。
「そうだ。巻雲は秋に見られる雲だ」
「ってことは、ここは秋なの?」
「この辺り一帯は、モミジヤの領域だ。自然と空模様がモミジヤの気候に寄るのも
無理は無いだろう」
Nightの見解は凄く正しそうだ。
確かにこの辺りはモミジヤの範囲内。
街の姿がまだ見えないけれど、影響の大きさはチラホラ見える。
「ねぇ、スタットにあんな木あったっけー?」
フェルノがポツリと呟いた。
視線の先にある木を指さすと、確かに見たことがない。
広葉樹なのは間違いないけれど、スタットでは見かけなかった。
「フルワタリだな」
「フルワタリ?」
何がモチーフになっているんだろう。
凄く気になるけど、全然ピンと来ない。
広葉樹林意外にヒントは無くて、分かるのは樹皮が灰色なことくらいだ。
「って、広葉樹林なのかな?」
それさえ怪しく思えてしまう。
それだけ新しい物に目移りしてしまっている証拠。
私は自覚すると、モンスターの群れを見つけた。
「えっ、なにあのモンスター?」
私が見かけたのはシカのモンスター。
如何やら群れのようだけど、何かがおかしい。
一目見れば一目瞭然で、角が刀の形をしている。
「カタナシカだな」
「カタナシカ?」
「そうだ。特徴的なのは、雄の角。二ホンジカがモデルになっている、非常に温厚なシカだ」
「あの見た目で温厚なんだ」
凄く意外だった。って、普通にそうなのかもしれない。
見た目が凶暴そうに見えるのは、本当は大人しいから。
何かあった時のための護身が、あの角に現れているんだ。
って、近付きたくは無いけどね。
「本当、全然スタットとは違うわね」
「うん。面白いね、場所が変わるだけで、見えるものがなにもかも変わるなんて」
私達の興奮が冷め止まなかった。
とにかく口を動かし、体を動かして、狭い馬車の中ではしゃぐ。
荷台の壁に背中を打ちつけつつも、御者台に座った男性は平然としていた。
「お客さん達、はしゃいでいる所悪いんですけど、ついに見えてきましたよ」
するとNPCの男性が声を掛けた。
御者台に座り、馬を巧み操っている。
商人である男性はこの先にある街にもよく卸しているみたいで、とても詳しかった。
「アレが?」
「ええ、モミジヤです。綺麗でしょ、四季折々の風情ある景観と、昔からの和様式が魅力なんです」
聞いていた通り、調べた通りだった。
確かに目の前に現れたソレは、所謂城壁。
けれどスタットとはまた違った魅力があって、なんと白壁。
しかも屋根が付いていて、全て瓦だ。日本を意識しているのが丸見えだった。
「関所がモデルになっているんだな」
凄く聞いたことがある名前だ。
確か、江戸時代とかに街とか道路とか、怪しい人物が居ないか調べるための建物。
そんな感じだったと思うけど、城門と関所を混ぜているのは結構面白い。
「それじゃああの門を潜った先が?」
「そうですそうです、モミジヤです」
NPCの男性はそう答えた。
ようやくモミジヤに辿り着く。
そう思った瞬間、二人分の声がした。
気の抜けた声で、張り詰めていた何かが切れる。
「やっと着いたー」
「長かったわね」
正直腰が痛い。
烈火とベルはお互いに辛そうな顔をしている。
ここまでずっと硬い荷車に揺られていたんだ。
仕方がないことだけど、体中バキバキで痛い。
「ここまで 七時間だもんね」
「時間を要しましたね」
「仕方が無いだろ。距離があるんだ、実際の東京から京都間、そのおよそ半分の距離。如何にこの世界の馬が強化されていたとしても、相当時間が掛かるのは必然だ」
実際、相当時間が掛かっている。
今日一日だけで、コレだ。
幾ら強化されている馬車でも、時間が掛かるのは、この世界の規模間の広さ故。
「本当大変だったね。一日が潰れちゃったよ」
「だが、これで次は問題ない筈だ」
「そうだね。登録しちゃえば済むもんね」
色んな場所に行けるのが、ゲームの魅力なのは分かる。
だけど移動だけで凄く時間が掛かる。
みんな一つの街から移動したくない気持ちが身に沁みて分かると、私達はモミジヤに期待した。
「せっかくやって来た新しい大きな街だもんね」
「期待……はしたくないが、してしまうな」
「そうですね。どんな街なのか、非常に楽しみです」
私達は期待をしていた。
Nightまで期待混じりな反応で、腕を組んでいる。
特に雷斬は目をキラキラ輝かせると、本当に楽しみにしているみたいで、私達は嫌でも期待を膨らませ、初めてやって来た新しい街に、胸を躍らせるのだった。
とある温泉宿。
綺麗な黒髪をした、妖艶な女性が困り顔を浮かべていた。
「あら?」
首を捻り、頬に手を当てている。
幾ら蛇口を捻っても、何も出て来なかった。
「困りましたね、温泉が出ません」
如何やらこの蛇口を回せば、温泉が出るらしい。
けれど何故か全くと言っていい程、温泉が出なかった。
「これだと宿が……」
女性にとって、コレは由々しき事態だった。
想定外のことで、「ついにうちにも」と訴えている。
そんな中、突然後ろの扉が開かれた。
「クロユリ、温泉入りたいな……どうしたの?」
そこにやって来たのは、狐色の髪をした少女。
背は少し低く、お腹の底から湧き上がる元気を感じました。
「ああ、天狐」
「元気がないね、なんやあった?」
クロユリと呼ばれた女性に、天狐は訊ねました。
するとクロユリは口で説明するよりも先に、温泉が出ていないことを見せつけました。
「あれ、温泉が出てへんよ?」
「そうなのよ。困ったわね」
「困るやへんよ。これじゃあ入れへん」
天狐はてんやわんやになっていた。
しかし出ない以上は仕方がない。
如何することもできず、クロユリは考え込む。
「ここ最近、あちこちで温泉の出が悪くなってるのよね」
「もそやけどもて、温泉が枯れちゃった?」
「そんなことは無い筈よ。何処かで詰まっているのかも」
温泉が出ないのは、何処かで詰まっているから。
恐らくは近くにある源泉が原因の筈。
それは分かっていても、流石に手が足りません。
「詰まっているなら、早う取り除こうよ!」
「そうは言っても、人手がいるわよ」
「人手……どなたかに頼んでみる?」
「そうね。それがいいわ……でも、誰かいい人はいないかしらね?」
自分達だけでは足りないらしいです。
そこで誰かいい人がいないか考え込みます。
けれど信頼のおけない相手に任せ、本当に源泉が枯れてしまっても困ります。
「そうは言っても、信頼のおける人を見つけるのは、骨が折れるのよね。はぁ、どうすればいいのかしら?」
クロユリは散々困っていた。
この街の魅力が、このままだと損なわれてしまう。
何とかして温泉を復旧しなければと、クロユリは悩みに悩んでいました。
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