◇17 ソウラの贈り物
ついに、ついに、ついに!
私が店内に入ると、そこはまるでバーだった。
正直、頭の中にしかないイメージだけど、バーカウンターがドンと設置されている。
それ以外にはテーブルは一切無く、あるのは木の棚と乱雑に置かれた木の箱だけ。
中には色々入っているようだけど、勝手に触ると怒られそうなので、絶対に触らないことにした。
「ここがDeep Sky? ソウラさんは……」
「あっ、アキラ。よく来てくれたわね、待っていたわよ」
「ソウラさん! って、バーカウンターの向こうにいる!?」
キョロキョロ周囲を見回した。
挙動不審な態度だったせいか、声を掛けられてしまった。
ふと視線を声の方に向ける。そこには案の定、ソウラさんの姿があった。
自分のアバターと同じ瞳と髪色をした青いエプロンを着けている。
如何もこのお店の定員さんみたいで、私は呆気に取られた。
「あの、もしかしてここってソウラさんのお店ですか?」
「もしかしなくてもそうよ。でも一つ違うのは、私達のってことね」
「私達?」
もしかして他にも誰か居るのかな?
私は見えない人影を見つけ出そうと周囲を見返す。
けれどそこには誰も居ない。ましてや私の態度がおかしかったのか、ソウラさんは笑っていた。
「今はここにはいないわよ。それより、アキラ。ここに来てくれたってことは、灰色の爪が手に入ったのよね?」
「は、はい! 一つだけですけど」
「充分よ。 あっ、品質がかなり良いわね」
私はインベントリの中から灰色の爪を取り出す。
ソウラさんに手渡すと、ソウラさんは目を見開く。
如何やら灰色の爪の品質? 分からないけど、良かったらしい。
私はホッと胸を撫で下ろすと、ソウラさんは口走った。
「よく手に入ったわね。大変だったでしょ?」
「は、はい。蹴られました」
「蹴られたの!? それは大変だったわね。どれくらいの数倒したの?」
「一匹です」
「……ん?」
「一匹です。強かったんですけど、タイミングが上手く合って倒せました」
本当にあれは紙一重だった。
【キメラハント】で【甲蟲】が手に入っていなかったらと思うと、心底ゾッとする。
思い出すだけで、後頭部が痒くなると、私はついつい頭の後ろに手を伸ばしていた。
「たった一匹? 運がいいのね」
「えっ、私の“運”のパラメータ、そんなに高くないですよ?」
「それじゃあリアルラックなのね。驚いたわ。灰色の爪はグレーウルフの落とすドロップアイテムの中でも、レアの部類だから、連戦必至なのに。やっぱりアキラに頼んで正解だったわ。これは私も、アレを出すしかないわね」
何だか私、凄いことしちゃったみたいな雰囲気が漂っていた。
正直、CU初心者の私には、全くそんな感じはしない。
灰色の爪なんてアイテム何に使うのか。それこそ落ちてくれたのが凄いのか。そのレベルで定かじゃなかった。
「まあいっか……ってソウラさん?」
ふと外していた視線を戻すと、何やらソウラさんはカウンターの更に奥に消える。
聞き逃していなかった“アレ”でも取りに行くのかな。
お酒は飲めないから要らないんだよね。私は未成年だからバーと縁が無い。
もしも飲めもしないお酒を渡されたら困っちゃうので、警戒していたけれど、戻って来たソウラさんの手には酒瓶は無かった。
「本当は贈りたくないんだけどね」
「本人目の前にしてそれ言っちゃいますか!?」
「それだけ貴重なものなのよ。でもアキラにならピッタリだと思うからいいわ」
何言ってるんだろう、この人。
私はソウラさんの話が読めなかったのでポカンとすると、両手で大事そうに抱えている物の正体に気が付いた。
「服ですか? はっ!」
私はインベントリの中からジャケットを取り出す。
ソウラさんに借りていたもので、返しそびれる前に返しておく。
丁寧に畳んで返却しようとすると、まずはソウラさんから話し出してしまった。
「はいこれ。アキラに似合うと思うわよ」
「えっと、その前にこのジャケット返さないと」
「そのジャケットもかなり良い物だけど、この服の方が凄いわよ」
「そんなこと言われても……私にはどっちも大切で……それにその服のこともよく知らない……桜の刺繍?」
ソウラさんが持っていた服は上下のセットだった。
完全にコーディネートが決まっていて、そこに別の服を挟む隙間は無い。
これを着ろと言っているようで、私はゴクリと喉を鳴らす。
白の上に桜の刺繍や薄桜色のラインが取られている。完全にフワフワ系の服で、私に似合う気がしなかった。
「ええ、そうよ。この服はね、プレイヤーが仕立てたもので、〈朝桜シリーズ〉って呼ばれているの。とっても貴重な代物で、この世界に二つと無いのよ」
「えっ、そんなもの尚更貰えませんよ!」
私は断固として受け取りを拒否する。
そんな貴重な物、物の価値が何も分かっていない私が持っていても意味が無い。
コレクターがコレクションするのが普通だけと思うけど、その反面、服は着ないと服じゃない気がしてしまう。
「貰う? 違うわよ、これは贈るの」
「贈る?」
「灰色の爪を採って来てくれた報酬ってことよ。それなら後ろめたさは無いでしょ?」
「そう言われても、価値が……」
「アキラ、物の価値は人それぞれなのよ。それに贈り辛いのなら、そのジャケットと交換でもいいわ。ほら、クーリングオフみたいなものよ」
「……全然違うと思います」
「ええ、そうよ。全然違うわ。でも分かりやすいでしょ?」
ソウラさんは何故だか如何してもその服を私に着て欲しいらしい。
正直、似合わないと思う。だけど来てみたくはある。
私は色んな感情に板挟みにされちゃったけど、流石に断る訳にもいかなかった。
「分かりました。ソウラさん、ありがとうございます」
「こちらこそよ。またお願いするわね」
「ま、またですか?」
「ええ。それが繋がりよ。アキラのリアルラックはパラメータでも反映されないみたいだから、私としては心強いわ。是非、お願いするわね」
もの凄く嫌な予感がしてしまった。まるで“呪い”のように私の心を縛り付ける。
表情が歪み、笑顔を浮かべられなくなると、受け取った服の重さを感じる。
こう近くで見ると可愛い。特にこのピンクと桜の刺繍の細かさが凄い。
そう楽観的になるのと同時に、ソウラさんの圧に押し負けてしまった自分が居た。これからも面倒事が増えそうで、身が引き締まる想いだよ。
「早速着てみる?」
「今ここでですか!?」
「今ここでよ。私、その服を着ているアキラが見てみたいわ。是非、後学の参考にさせて」
「……あ、あの、外しかしいので、あまり見ないでください」
「分かったわ。それじゃあ着替え終わるまで、後ろを向いておくわね」
ソウラは踵を返して、背中を向ける。
振り返った後も凛としていて、背筋がピンと伸びている。
対して私は服を着ないといけなくなった。
私は好感して貰った服を着てみると、あまりの着心地の良さとフィット感に驚いてしまう。
「そ、ソウラさん、この服凄いです!」
「どう凄いの?」
「えっと、その……分かんないです!」
私が着てみた服はとにかく凄かった。
肌触りが良くて、全然蒸れたりしない。
余裕がしっかりと取れているのに、スタイルが見事に引き締まる。
本当にこの服、カジュアル向けなの? フォーマル向けじゃないのかなと錯覚してしまう程だった。
「全体像を見るとなかなかね。アキラ、その服には防炎・防水・防電耐性と防御力強化に加えて、ステータス向上の効果と耐久率強化が付与されているみたいよ」
「な、なんですか、その盛り過ぎ設定!?」
「そうね。実際盛り過ぎよね。でも、やっぱり似合うわ」
ソウラさんの目がうっとりしていた。
それだけ私に似合っているのかな? 正直自分ではよく分からない。
白の下地シャツの上に桜の刺繍が施されたジャケットを着ている。
ショートパンツの上に、ハーフスカートを履いていた。
しかも前が開けるようになっていて、ヒラヒラと桜の花びらの様に舞う。
おまけに脚元はスニーカーみたいだけど、そうじゃない謎の靴。なのにとっても歩きやすくて、私は驚愕の連続だった。
「凄い、なんだか凄い。それだけは分かる」
私はクルクルと回転してみた。
一切はだけることが無い。それだけじゃなくて全然疲れない。
きっと私のステータスは飛躍的に上がってる筈。なんだか成り行きで良い装備品を手に入れたなと思い、私は満足していた。
——新しいアイテムを獲得しました——
——〈朝桜シリーズ〉一式を獲得しました——
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