◇138 興奮剤はヤバくない?
こんなものが混入しているなんて……イカれてんのか!?
「な、なにこれ?」
私は首を捻ってしまった。
明らかにヤバそうな液体が漏れ出ている。
「うぅー、気持ち悪い」
「そうね、この臭い」
嗅ぎたくない臭いだった。
一応水に流されているおかげで、そこまで強くない。
けれどこの液体の正体は何か。それが分からない以上、安心はできない。
「どれどれー……なるほどな」
しかしこっちには天才のNightさんがいる。
Nightさんの手に掛かれば、圧倒的な知識の本棚から、データを引っ張り出せるのだ。
「Night、これはなに?」
私はNightに訊ねると、険しい表情をする。
眉根を寄せると、唇を噛んだ。
「これは興奮剤だ」
「興奮剤?」
「それってアレだっけ? 精神を興奮状態にする薬だっけー? へぇー、そんなのが漏れてるんだー」
Nightがポツリと呟いたのは、漏れ出た液体の正体。
それが興奮剤だと聞いて、正直ピンと来ない。
ポカンとしてしまうと、Nightはそれ所ではいられない。
「バカか。興奮剤がアウトリガーの中に入っているんだぞ」
簡潔な説明すぎて一瞬理解ができない。
ここは意識を切り替えてみよう。
アウトリガーの中に興奮剤。あれ、なにかおかしい?
「それのなにがマズいの? あっ」
「そうだ。興奮剤が漏れると言うことは、アウトリガーの中には興奮剤が液状に含まれていることになる。それがなにを意味するか、分かるな?」
考えてみればおかしな話だ。
興奮剤がアウトリガーの中に入っている。
それって仕組まれていたってことだ。
「ちょっと待ってよ。そんなのが漏れるって大問題じゃない?」
「大問題もなにも、もっと問題がある」
「問題ってー?」
私にだって分かってる。これは凄く問題がある。
ギルド側に対して、流石に不信感を抱いてしまう。
「こんなものを入れる理由。そんなもの、一つしか考えられないだろ」
「考えられないって、まさかだけど」
「そうだ。コレを使って、無理やりスリルを味わわせようとしているんだ」
つまりはこれは意図的な物。
レジャーのスリルをより一層際立たせるための演出。
しかし最初から仕組んでいれば面白みが掛ける。
そこで少しでも自然を利用しようとした。
それがこの紫色の液体の正体と、存在の証明になる。
「つまりNightさんは、ギルド側が意図的に興奮剤をアウトリガーの中に仕込んだとお考えですか?」
「そうとしか考えられない。実際この筏は、既に筏じゃないからな」
ずっと黙っていたけれど、確かに筏じゃない。
もはやカヌー……いや、ボートになっている。
全て破綻してしまうと、ここまで黙っていた不満が爆発した。
「おかしいと思ったんだ。安定のためにアウトリガーを使うのは分かる。理解はできる。しかし、これだけ危険に巻き込まれるのはないだろ」
「確かに、おかしいよね」
もちろんおかしくない部分も幾つもある。
例えば最初だ。上流の激流は理解できる。
けれど初心者には相当厳しいコースで、下手したら怪我をしていた。
もちろんゲーム内の怪我は時間が経てば勝手に治る。
しかし心へのダメージが大きい。
そうなれば現実に負担が掛かるので、現実と非現実を理解しているNPC達が、それを見落とすなんておかしい。
「一体誰が仕組んだんだ?」
「それは分からないけど……どうする? 止まる?」
正直ここまで来た以上、引き返すのは無理。
それなら岸に寄せるのがベスト。
これ以上面倒ごとにかかわらなくて済むのだが、そんなことも言っていられない。
バッシャーン!
「「「うわぁ!?」」」
大きな水飛沫が上がった。
筏が波に乗り上げる。
如何やら流れが急に速くなったらしい。
「全員、しっかり掴まっていろよ」
幸いなことに全員体幹は強い(Night以外)。
そのおかげか、私がNightの体を抱き寄せることで、全員筏から落ちずに済む。
「ふぅ。第一波は乗り越えたな」
「第一波?」
これが後何回か続くってことかな? それは怖いな。
コンドルによる岩雨攻撃を掻い潜ると、今度が川が反旗を翻す。
私達を帰らしてくれそうにない。
「仕方ない。このまま波を乗りこなすぞ」
「乗りこなすってどうやってよ!?」
Nightの発想は飛んでいた。
一体何を如何するのかまるで見えない。
「決まっている。お前の出番だ」
「私の? ああ、そう言うことね」
ベルは何かを悟った。
すると不安定な筏の上で立ち上がる。
「Nightなにをする気なの?」
「決まっている。こうするんだ!」
ベルに指示を仰ぐと、【風招き】を発動した。
風を呼び寄せる<シルフィード>の種族スキル。
何度もお世話になるけれど、今日はこれで二回目だ。
「さぁ、行くわよ!」
ベルがそう言うと、急に波が荒れる。
バッシャーンと音を立て、筏が浮き上がる。
「うわぁ、なに!?」
「逆だ逆。波を落ち着かせろ!」
「分かってるわよ。分かってるけど……」
ベルにして欲しいことは決まっている。
風を操って波を落ち着かせようとした。
だけど上手く行かない。ベルの風が通用しない。
「ベル、上手く行きませんか?」
「ダメね。これじゃあ……」
ベルの【風招き】が通用しない。
体が持っていかれそうになる激しい波。
私達は何とか耐え抜こうとする。
「あはは、楽しいねー」
フェルノはただ笑っていた。
この激しい揺れを楽しんでいる。
バッシャーン!
もう一回筏が揺れる。
今度は転覆しそうになるほどで、アウトリガーのおかげで耐える。
「「うぉっ!?」」
「くっ、これは……」
Nightは唇を噛んだ。
筏がボコボコにされてしまうと、フラフラと回転する。
モーターもプロペラも、これじゃあ何も意味が無い。
バッシャーン!
バッサ―ン!!
ドッシャー――――ン!!!
「うわぁ、揺れが激しいね」
「ううっ、ウザッ」
「ベル、言葉が汚いですよ」
「仕方ないでしょ。私はスキルまで使ってるのよ!」
確かにベルはスキルまで使っている。
スキルの発動は脳と心の容量を使う。
そのせいか、集中状態で、この波を掻い潜るのは大変だ。
「でも一番大変なのは雷斬なんじゃ……」
正直一番大変なのは雷斬だった。
何せずっと立っている。
オールを使って、風と波を巧みに操る。
「ううっ、それを言われたらお終いじゃ……」
「とにかく、この波を抜けるぞ」
「あはは、楽しいけどー」
「「「楽しくない!!!」」」
フェルノだけはこの状況を楽しんでいる。
何処までも心が広い親友だ。
だけど波をグワングワンと打ちつけると、体が筏から弾き出されそうになる。
完全にジェットコースター気分だった。
だけどただのジェットコースターじゃない。
三半規管が弱い人ならもう撃沈。そのレベルの酷い揺れに煽られながらも、私達はもっと脅威に気が付くべきだった。
少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。
下の方に☆☆☆☆☆があるので、気軽に☆マークをくれると嬉しいです。(面白かったら5つ、面白くなかったら1つと気軽で大丈夫です。☆が多ければ多いほど、個人的には創作意欲が燃えます!)
ブックマークやいいねに感想など、気軽にしていただけると励みになります。
また次のお話も、読んでいただけると嬉しいです。