◇132 海賊姿のスタッフさん
川なのに海賊?
私達はリュウシン大渓谷にやって来た。
初めてここに来た感想だけど、とにかく壮大で凄い。
「うわぁ、凄いね。ここ!」
あまりにもシンプルで何の捻りもない感想。
だけどそれだけリュウシン大渓谷は凄かった。
何せただの渓谷じゃない。大渓谷だ。
「自然豊かですね」
「そうね。にしても、モンスターが出て来ないけど」
リュウシン大渓谷。
それは普段は立ち入れないダンジョンで、ギルド組合が管理している。
そのせいか人の出入りは少なく、整備された道がある程度だ。
「でもさー、この先にあるんだよねー」
「地図によるとそうだな」
何だか緊張して来た。
何せほぼ手付かずの、安心感がほとんど無いレジャーだ。
スリル満点の恐怖体験が待っている。そう思えば心が萎んだ。
「ううっ……」
「あれ、アキラー、怖いのー?」
「怖いよ。だって、試乗試験だよ」
「あはは、確かにねー。でも楽しんで行こうよー」
「呑気だな、お前は」
フェルノ一人だけが盛り上がっていた。
呆れてしまう私達は、徐々に木々が揺れる音以外を聞く。
それは水が流れる音。しかも激しい急流の音で、この先に川が待っている。
「おっ!」
「着いたねー」
道の先。木々達が開けると、そこには川が待っていた。
ゴロゴロとした大きな岩が点在している。
ここは川の上流。急流と言うよりも激流で、川の水量も多く、危険極まりなかった。
「や、ヤバいよコレ!」
「そうだな。これは想定外だ」
「Nightが想定外ならみんな想定外だよ!」
川の状態を見るのは今日が初めて。
とっても不安になる私達。
それでもフェルノは楽しそうで、川辺に足を踏み入れた。
「冷たっ!」
フェルノは怖がる素振りも見せず、水に手を付けた。
想った以上に冷たいのか、鳥肌が立っている。
「危ないよ、フェルノ」
「大丈夫―。うわぁ、結構深い」
「当り前だ。ここは上流だぞ」
落ちたら危険なのは川の流れだけじゃない。
深さもかなりありそうで、川底が見えない。
「それにしても誰もいませんね」
「そうね。ギルドの職員がいてもいいのに」
雷斬とベルが冷静に周りを見回す。
確かに周りには誰も居ない。ミーNaさんが言っていたのは嘘だったのかな?
私達が心配すると、突然背後から声を掛けられる。
「いるわよ!」
「「「ひやっ!?」」」
逞しい女性の声が聞こえ、私達は怯える。
全身に鳥肌が立ち、自然と背筋が伸びる。
振り返って見てみると、そこにいたのはあまりにも特徴的な格好をした女性だ。
「あれ、ビックリしちゃいましたか?」
「だ、誰よ!」
私が怯える姿を見てニヤついている。
顔にQとAのペイントをしており、格好が如何見ても海賊。
アトラクションのスタッフ感満載で、私達は言葉を飲む。
「誰って、見ての通りだよ!」
「見ての通りってなに?」
あまりにもコテコテすぎてツッコミが遅れた。
すると女性は得意気にかつ台本通りに宣言する。
「ふっふっふっ、大海原を駆け巡り、七つの海を支配した英雄。海賊女王とはこのアタシのことさ!」
……いや、だからなに? どの設定?
ついついちゃんと考えちゃった私はノリ遅れる。
「なんか言いなって!」
「えっと、設定ですか?」
「間をさすなよ。アタシ、ギルド職員のAース。よろしく」
QなのにAなんだ。
私は素直にツッコんでしまうと、NPCの女性、Aースさんは腰に携えた剣を突き付ける。
「アンタ達がミーNaの言ってた船員か? 待ってたぜ」
「待ってた?」
「つまり、お前がここの責任者か?」
「責任者? いや、ちっと違うかな」
AースさんはミーNaさんの同僚らしい。
サバサバした態度で接すると、キリッと白い歯を見せる。
この場所の責任者じゃないらしい。
「ここはアタシの担当区域じゃない。でもこの夏限定で、こっちも掛け持ちすることになってんだ」
「掛け持ち?」
「おうよ。アタシは海でのレジャー担当だからな」
完全にアトラクションのスタッフだった。
レジャーって言うよりもアトラクションの面が強まる。
しかも海賊衣装も海用のものをそのまま持って来ただけ。急いでるんだなと思った。
「遊園地みたい」
「遊園地? あれか? 外の世界にあるって言う、レジャー施設の総称のことか?」
「うわぁ、現実味が溢れ出ちゃった」
この世界のNPC達のほとんどはここがゲームの中だって知ってる。
そのせいか、たまに現実世界の話を持ち出す。
憧れを抱く訳でも無く、淡々と現実感だけが飛び出した。
「まぁそんな感じだ。つーわけで、試乗試験って言いたい所なんだけどよ」
「ん?」
「実は昨日、二人プレイヤーが来たんだよな。それで試乗試験したんだけどよ、上手く行った訳」
「「「ん?」」」
初耳の情報が無限に飛び出す。
少なくとも昨日、二人プレイヤーが来たらしい。
その人達が私達よりも先にレジャーを体験してくれたみたいだ。
つまり、信じたくないけどそう言うことかもしれない。
「だから、試乗試験は要らないんだわ」
「「「えーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
なにそれ、聞いてない。いや、訊くことなんてできない。
突然のことに私達は声を上げると、頭を抱えてしまった。
試乗試験だと思って来たのにその必要が無くなってる。
とんだ取り越し苦労に終わっちゃった。
「それじゃあ私達はなんのためにここに?」
「うんじゃさ、そうだな……先行体験会? 的ななにかか?」
急に名称が変化した。建前が大きく変わってしまった。
試乗試験から先行体験会って、天と地ほどの差があるのは私だけ?
いや、Nightとベルが渋い顔してる。間違いなく予定外だ。
それでも何か言わないと失礼だよね?
私は振り絞った言葉をエースさんに訊ねる。
「せ、先行体験会」
「それじゃあ乗れるってことー?」
「おうよ。安全面は昨日の調査でかなり確認できたからな。アレに気を付ければ、なんとかなるぜ!」
どれだけ行っても、フェルノは楽しそうだった。
たどたどしくなる私達とは全然違う。
そもそも根本のコンセプトが違っていた。まあそれはいいんだけど。
既に試乗試験は終わっていて、安全面は保証されているらしい。
安心した私だったけど、アレの存在が邪魔をする。
もしかして、一筋縄じゃいかなってことかな?
「んじゃさ、早速乗ろうぜ、筏によ!」
「筏?」
「おう、筏だ!」
ちょっとだけ不安になるワードが出て来た。
筏って、あの筏じゃないよね? もっとちゃんとした奴だよね?
色々と既視感が出る中、私達はエースさんの案内に続いた。
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