少女について異母妹曰く
空は青く澄み渡り、中庭には色とりどりの花が咲き乱れ、小鳥たちは美しい歌声で今日という日を祝っている。春の日差しは麗らかで、絶好のガーデンパーティー日和だ。本日の主役である私は人々の中心で朗らかに笑った。
社交界では春の妖精、なんて呼ばれている私の18歳の誕生パーティーには多くの人が集まった。みんな笑顔で私の誕生を喜んでいる。3ヵ月前のおねえさまの誕生日とは大違いだ。誕生パーティーどころか、誰からも祝われることはなかった。お父様からも、お母様からも、そして今私の隣で微笑んでいるおねえさまの婚約者のハル様からも。
おねえさまは人の輪から外れた隅っこで、ドレスの裾を握りしめて俯く。そうすると長い白髪がおねえさまの顔を隠してしまった。つまらないな、と思う。もっと惨めに、私を羨む視線を向けてくれないと。
「おねえさま、こんなところにいたの?」
近寄って誰をも魅了する甘やかな声で話しかければ、おねえさまは驚いたように顔を上げた。私は輝く金髪を風に靡かせ、大輪の薔薇のような赤い瞳を柔らかく細める。見惚れるような笑顔を浮かべてあげているのに、おねえさまの喉からは引きつったような呼吸の音しか出てこない。いつも通りの哀れな姿に胸がすっとする。
「返事もなさってくれないのね。でも、仕方ないわ、おねえさまは私のことが嫌いだもの」
私が悲しげに涙を浮かべれば、周囲にいた人たちは皆批難するようにおねえさまを睨んだ。それでもおねえさまは何も言えず、小さく首を横に振ることしかできない。
「君は、本当に冷たい人間なんだな。いや、人間なのかどうかすら疑わしい」
「ハル様!」
私の後ろから現れたのは、おねえさまの婚約者であるはずのハル様だ。けれど、おねえさまには塵芥でも見るような冷たい視線を向けて、私に寄り添ってくれる。
「君は伯爵家の跡取りであることを笠に着て、妹であるカナリアのことを虐げていたのだろう」
「そっ、そんな、ことは……決して、しておりません」
「無駄な言い訳はいらない。カナリアは君を思って今まで我慢してくれていたが、僕も、君たちの父であるフロスト伯爵も、もう見過ごせないと判断したんだ」
ハル様は一度、私を安心させるように優しく微笑むと、すう、と大きく息を吸い込んで高らかに宣誓した。
「ハルシオン・スリートはクレーン・フロストとの婚約を破棄する。そして、慈悲深く美しいカナリア・フロストに婚約を申し込む。カナリア、ずっと君を愛していた。僕と結婚してほしい」
「まあ、ハル様……ええ、喜んで。私も、ハル様を愛しています」
私がハル様と熱い抱擁を交わせば、招待客からは大きな拍手と祝福の声が上がる。ハル様の腕の隙間から、ぽつん、と残されたおねえさまのことを見て、優越感に浸っていた。
婚約破棄から一ヵ月後、おねえさまがお父様の書斎に呼び出された。おねえさまの新しい婚約が決まったのだ。なんと相手は野蛮で冷酷と悪名高いファルコン・ヘイル辺境伯である。ハル様との婚約が決まって次期当主もおねえさまから私に代わった。そのせいで忙しくしていておねえさまの存在なんてすっかり忘れていたけれど、そんな可哀想なことになっているなら反応を見に行かなければいけない。
書斎の前に来てそっと耳をすませれば、ちょうど話が始まったところだった。
「お前の結婚相手が見つかった」
「もう、ですか?」
「当主である私に文句があるのか?」
「いいえ。でも、わたくし、フロスト家を継ぐために、努力してきました」
フロスト伯爵家には子どもが私とおねえさましかいない。どちらかが婿をとって跡を継がねばならないから、おねえさまは次期当主として認められるために、必死に領地経営を学んでいるようだった。婿として入ってくるハル様と共に、少しずつ家の仕事をこなしていたらしい。その頑張りを認めてほしいと、追い出さないでほしいと縋るように言ったおねえさまの言葉を、父は鼻で笑った。
「何が努力だ。実を結ばぬ努力など何の価値もない。人の目を見て話すことさえできぬお前に次期当主が務まるとでも?」
吹き出しそうになるのをなんとか堪える。どれだけ勉学ができたって、おねえさまは他人とまともに話すことができない。目すら合わせられないのだ。領地経営はまだしも、社交を一切せずに当主になんてなれるわけがない。
「だがな、そんな役立たずのお前でも良いと言ってくれる人がいるのだ。ファルコン・ヘイル辺境伯だ、お前も名前くらいは聞いたことがあるだろう」
「ヘイル辺境伯……」
社交に疎いおねえさまでも聞いたことくらいあるのだろう、声が震えていた。ヘイル辺境伯は北の国境付近の広い領地を治めていて、強い騎士団を持っているらしい。今の時代は平和で他国との戦争はないけど、それでも北方に住む蛮族と度々やりあっていると聞く。まあ、そんな野蛮なお家なのだ。特に当代のファルコン・ヘイルは北の僻地に相応しい冷酷な野獣だと噂されていた。
「先方も式を挙げるつもりはなく、輿入れは早ければ早い方が良いとのことだ。どうせ、お前も向こうに持参するものもないだろう、明日には出発してもらう」
「分かり、ました」
「話はそれだけだ」
追い払われるように部屋を出てきたおねえさまは、扉の傍で待っていた私を素通りしようとした。そうはさせるかとその手を取って、ねえ! と話しかける。
「ヘイル辺境伯と結婚することになったんでしょ!」
「……ええ」
「あっはは、可哀想! 侯爵家の三男でかっこよくて頭もよくて紳士的なハル様と結婚できると思ってたのに、辺鄙な土地の下品な男と結婚しなきゃいけないなんて! ねえ、今どんな気持ちなの?」
悲しいでしょ、悔しいでしょ、私が羨ましいでしょ? おねえさまは唇を噛み締めると俯いた。泣き出してしまうのを我慢するように。私が見たかった反応そのままで嬉しくて仕方ない。
「何? 何々、泣くの? そうよねぇ、嫌に決まってるわよね。でもね、ハル様は暗くてつまらないおねえさまより、可愛くて明るい私の方がいいんだって。私が伯爵家に来る前から決まってた婚約だったのにね。ハル様との婚約を結びつけたのはおねえさまの死んだ母親なんだっけ? お母様とお父様の結婚には邪魔な女だったけど、ハル様と私の縁を結んでくれたのには感謝してるわ。あ、本当はおねえさまとの縁だった! あはは、ごめんね、ハル様のこと奪っちゃって!」
おねえさまが5歳のときにおねえさまの母親は死んだ。そのすぐ後にお父様とお母様が再婚して、私は片親の平民から伯爵家の令嬢になった。
初めて会ったおねえさまは、それはそれは綺麗だった。狡いと思った。私だってお父様の子どもなのに。母親も貴族で、私よりも3ヵ月早く生まれたってだけで、生まれたときから贅沢をして、伯爵家と次期当主になって、素敵な婚約者もいるなんて、狡い。私だって、全部ほしい。
だから奪った。おねえさまのドレスも宝石も、お父様からの愛情も、婚約者も、そして次期当主の地位も! 全部全部奪って、これでやっとおねえさまが私を羨む番だ。
「ははは、あーほんっとに愉快だわ。私ね、1回だけ夜会でヘイル辺境伯を見たことがあるの。岩みたいに大きくて、顔もとっても怖くてね、野獣って呼ばれているのも納得って感じだったわ。ふふ、化け物の瞳をしたおねえさまとお似合いね」
わざわざ覗き込んで視線を合わせてあげようとしたのに、おねえさまはぎゅうと目を瞑って抵抗した。つまらない、と小さく舌打ちをしておねえさまの手を離す。嫉妬に塗れた瞳が見たかったけれど、もういい。私がおねえさまより優れていることはもう分かり切ったことだもん。
「最後に化け物の緑の瞳を見てあげようかと思ったけど、もういいわ。じゃあね、おねえさま、野獣に殺されないといいわね」
くるりとドレスの裾を翻し、私は上機嫌で自室へと戻っていった。
全部が上手くいって、これからずっと幸せな毎日だけが続いていくと私は信じていたのだ。