蜃気楼がある
君が見えて、100m先の君の声が届くまで僅か約0.3秒。
僕は時々考えてしまう。0.3秒後、そこに君がいない未来を。
蝉の声が街に響く夏の頃。
君は突如として現れる。必ず「あっ」と声をあげ、手をふる。
うだる暑さのせいで水分も体力もなく、ただ君の姿を見つめることしかできない。
なぜ、そんなにも元気なのか。なぜ、そんなにも君は…。
綺麗なのか。
僕の灰色の世界の中で唯一、色があり、光が反射してきらきらと輝いている。
近づかないでほしい。
君の隣で歩く資格がないから。
声をかけないでほしい。
ともに話す勇気がないから。
これ以上、僕の心を惹きつけないでほしい。
君は僕の心配をよそに「いいじゃん」と笑ってくる。
ほんと、やめてほしい。
このままでは好きになってしまう。
視界がゆがむほどの現実では何が本物なのか分からない。
今、見えているものが幻覚であっても、幻想であっても、
確かめるすべを僕は持っていない。
今にも消えてしまいそうな白い肌。
ラムネ瓶を詰め込んだような瞳は今日も僕に語りかける。
心が躍る夏の思い出を。
君の話は水のように僕の喉を潤す。
まだ、別れたくない。
その思いが強くなるにつれ、一日の時間は早く進む。
君と会える時間は決まっている。
残る時間はもう少ない。
走ってきた君は泣いている。
いつもと同じ場所、でも、いつもと違う時間。
外に出るなと言われた君は抜け出してきた。
消えかかる声は言葉にならない。
僕は君の頬に触れられない。
君の腕を引いて走れない。
抱きしめることも許されない。
でも、
笑顔は届く。
音は届く。
色は届く。
光は届く。
君はとても笑顔が似合う。
僕は君の思い出を大切にする。
暗い道なら僕が照らすよ。
この思いは幻じゃない、本物だから。
きっと、伝わる。
蝉の声が街から遠のく夏の頃。
君は突如として現れる。「あっ」と声をあげ、手をふる。
君が見えて、声が届く0.3秒、僕は君を見つめることができない。
消える前に残したメッセージ。
暑さが残るコンクリート。
水で書いたこの文字は、消える前に君へ届くだろうか。
君は綺麗だ。
日食なつこさんの「蜃気楼ガール」を聞いたのち、書いています。
興味がある方はぜひ、聞いてみてください。
https://youtu.be/P4ez2kwJ0kA?si=N9Tyv5_RcKJa5RIs