三 良さを知ることで、生き方を変えることもあるb
私、ドワーフ冒険者のアスノにとって、クロナという少女は最初、どこにでもいる地味な村娘の一人だった。
というか、自分が守護している村の住人に、クロナという少女がいるということを私はきちんと認識していなかった。
相手は子供で、普段の私の仕事相手はもっぱら村の大人だったものだから。
これが、子供の相手が得意な冒険者なら、交流する機会もあったのだろうけれど。
当時の私は、冒険者としては行き詰まっていた。
燻っていた、といってもいいだろう。
長期的に一つの集落に滞在し、その集落で起きる事件を解決する冒険者の仕事というのは、比較的メジャーだがあまり冒険者の中で好まれている仕事ではない。
なにせ、冒険者の本分は冒険。
挑戦なくして冒険はなし、だというのに一つの集落に引きこもってしまっては、冒険者失格であるなんて言うものもいる。
ただ、それでもこういう村を守護する仕事というのを引き受ける冒険者は多かった。
人はいつまでも、冒険に夢を見ていられるわけではない。
どこかのタイミングで地に足を付けて、一つの拠点に腰を据える必要がある。
私の場合は、それがクロナの村だったという話。
正直、ドワーフとしてはそういう受け身の仕事を引き受けるには、当時の私は若輩だった。
というか、今でもドワーフとしては今のクロナとそう変わらない年頃という扱いをうけるのだから、いくら何でも諦めが早すぎるといっても過言ではない。
しかし、それでも私は冒険者としての出世を諦めていた。
才能がなかったのだ。
普通、冒険者というのは何年も活動していれば自分の限界というのが自ずと見えてくる。
一般的に、冒険者が冒険に夢を見られる期間は平均十年。
私の場合、それがドワーフ基準で更に早かっただけのこと。
冒険者が夢を諦める理由は、才能の欠如と、パーティ結成の失敗だ。
今の私やクロナのように、ソロでBランクの冒険者になっているモノの言うことではないが、冒険者とは基本パーティを組むものである。
パーティを組むことで、それぞれの欠点を補い合う。
そうすることで初めて、危険な冒険に挑戦するだけのマージンが得られる。
ソロでダンジョンの深層を目指すような行動は、冒険ではなく無謀と呼ばれるものだった。
私はあまり人付き合いが得意ではない。
決して冒険者としての仕事をこなせないほどではないが、パーティを組んで不和なくその中に混じることができるかといえば、否である。
かといって、一人でやっていけるだけの才能――というか気力が私にはなかったものだから、当時の私は燃え尽きてしまっていたのだ。
――転機は、言うまでもなくクロナとの出会いだった。
最初、クロナはとても地味な村娘でしかなかった。
今でこそクロナは、決して絶世とは言えないものの、それなりの人の目を引く美少女なのだが。
当時は本当に、どこにでもいる普通の村娘という印象を拭えないくらい、クロナは自分の容姿に頓着していなかった。
まぁ、それを言うとヒゲを生やして容姿を磨くことから逃げていた私にも刺さるのだけど。
ドワーフの女性がヒゲを生やすということは、女性として見られることを拒絶しているというのはドワーフ女性にとっては常識である。
そんなクロナが、ランペイジボアを発見し、あまつさえ罠を仕掛けて弱体化させたことを知った時。
私は衝撃を覚えた。
こんなどこにでもいるような――といえば失礼だけど、そうとしか言いようのない――少女が、「行けるとおもったから」なんて理由で、そんな行動を起こすなんて。
考えても見なかったのだ。
しかし、その後のクロナの変化を見ていれば、彼女がそういう行動を起こすのは“必然”だったのだろうと今は思う。
私はクロナの罠を、素直に褒める選択をした。
それは、場合によっては「なんて危険なことをしたんだ」と大人たちから叱られてしまうかもしれない行動をとった彼女に、「自分は誇れることをしたんだ」と思ってもらうためだったのだが。
その一言は、クロナの運命を変える一言になった。
あの日、私が声をかけた時。
クロナのどこか、生きることに諦めを混じらせたような瞳には輝きが宿った。
否応なしに、私は人の人生を変える言葉を投げてしまったのだと、自覚させられた。
たとえそれがプラスの方向であったとしても。
――当時の私には、あまりにも無責任で、無遠慮な発言だった。
それからのクロナは、冒険者になるという夢を持った。
私にまるで親鳥を追いかける雛のようについてまわり、子供らしい吸収力でみるみるうちにその才能を開花させたのである。
一年で魔力操作を身につける。
そんな異常とも言える天才性が、果たして住人が百人程度の田舎の村で発露するなんて、果たして誰が思うだろうか。
クロナはそれを「モチベーションという才能に恵まれた」なんて言うけれど。
だからといってこれほどの天才性は、間違いなく規格外だと私は断言する。
そんなクロナの夢は、かなり……というか、とてつもなく変わっていた。
なにせ、クロナは「玄人好みのいぶし銀」な冒険者になりたいのだという。
多くの人から尊敬を集める必要はない。
解ってくれる人だけに評価されたいのだ、と。
そして、その理想こそが私なのだ、とも言っていた。
またもやらかした――と、それを聞いた私は更に思った。
はっきりいうが、私は天才であるクロナが目指すような理想はどこにもない。
ただの成長を諦めた冒険者である。
そもそも、クロナが瞳を輝かせる前から、私のような凡人とクロナという天才の間には壁があった。
できるからと言って罠でランペイジボアを弱らせるというのは、異常なことだ。
クロナには、最初から行動を起こす才能があった。
結果としてそれを目覚めさせたのは私だとしても、その根底にあったのはクロナの行動力である。
そしてクロナは、それにたいして多少は自覚があるようだった。
ただ、あまりにもその自覚は“足りて”いなかった。
クロナは決して自己評価が他人と大きくズレているわけではない。
ただ、認識に差がある。
彼女には、本人ができると思っている数倍の才能が、その奥底に眠っているのだ。
結果、追い立てられたのは私の方である。
彼女の理想として、Cランクのまま燻っているわけには行かなくなった。
彼女は私を師匠と呼ぶけれど、私にしてみればむしろ師事しているのは私の方だ。
眼の前で、理想的とも言えるスピードで成長していく“実例”があるのだから、私はそれを追いかけて、可能な限り同じように成長していけばいい。
気がつけば、私は魔力操作の技術を身に着けていた。
それまで三十年以上の人生で、これっぽっちも身につく気配のなかった秘技を、まるで最初から身体に染み付いていたかのように会得したのである。
そうして、クロナが冒険者となるのとほぼ同時期に、私はBランク冒険者になった。
Bランクの冒険者を一つの村に閉じ込めていくわけにはいかないというギルドの事情と、改めて世界を旅して見聞を広めたいという私の願いが一致し、私はクロナの村を後にすることとなる。
今にして思うと、クロナにはパワーがあった。
彼女の行動力とモチベーションは、私のように周囲の人間を変える力がある。
それは、彼女が多くの人間と関わるのではなく、「玄人好み」を目指すために、少数の人間と深く関わろうとしたからこそだ。
だからこそ、言いたい。
クロナ、君は私に、「師匠には私の良さを知っていてほしい」と時折言うけれど――
私という人間の人生は、君のその「良さ」によって大きく変えられたのだ。
だから、忘れられるはずがないんだよ――と。
こうして時折彼女と再会し、卓を囲んで話をするたびに私はそう思うのだった。