十九 私だけが知っている。a
かくして、無事“才覚者”ランペイジボアの討伐は終わった。
師匠と私にかかれば、街一つくらいなら簡単に滅ぼせそうな魔物もちょちょいのちょいなのだ。
真面目な話、土属性の魔術師は土属性の魔術師と組むのが一番いいと私は思う。
単純な話なのだけど、魔術師ってのは二人いてもぶっちゃけ邪魔だ。
だって、どっちがどっちの魔術を使ったかわかりにくいから。
別属性同士で組めばその点は問題ないけど、今度は別の問題が発生する。
別属性の魔術が戦場を飛び交うと気が散るのだ。
自分の属性の魔術をイメージしないといけないのに、戦場にある別属性の魔術のせいで意識がそちらに向くと魔術のイメージがうまくいかなくなる。
ので、基本的に魔術師はパーティに一人というのが基本。
後、魔術師って貴重だからね。
その点、土属性同士なら、どっちがどっちの魔術とかあまり関係ない。
先程の戦闘を見てもらえれば解るけど、土属性魔術は基本的に地形を変化させる物が多い。
<射出>以外は動きも少ないから、魔術の誤認はそうそう起こらないだろう。
後、これは他の属性にもできるんだけど、土属性は特に“他の魔術師が使った魔術”を利用しやすい。
簡単に言うと、例えば私が作った土壁を、師匠が即席で土の剣に加工し直したりとかできる。
他の魔術は動きがすばしっこいので、他人が干渉するのはかなり難しいんだよね。
ともあれ、そんな師匠との連携で無事にランペイジボアを討伐したわけだけど――
「――クロナさん、流石にこれは功績として誤魔化しきれませんよ」
ちょっと、問題が起きた。
具体的にはランペイジボアの討伐をミアさんに報告したときのことだ。
「“才覚者”のランペイジボアを討伐して、自分はただのBランクでーす! は無茶ですよ、クロナさん!」
「そこを何とか! いっそ全部師匠の手柄にしてもらってもいいですから!」
「いやダメだろ!?」
というのも、流石に才覚者のランペイジボアっていうのは、クエスト達成の功績が大きくなりすぎるという話だ。
元々、順調に実績を重ねていけばそのうちAランクに昇格するだろう、というのが私の実情なのだが。
このランペイジボアは、輪にかけてそれを助長してしまうのである。
嫌だ! あと三年くらいはBランク冒険者としてぬくぬくやっていたい!
責任とか負いたくない!
知る人ぞ知る冒険者でいたい!
「いいじゃないか、Aランク冒険者。世界の英雄に名を連ねる栄誉だぞ?」
「そして英雄にふさわしい実績が求められるんですよ、師匠……」
駄々をこねる私に、師匠が宥め賺すように言う。
だが、正直師匠が自分はAランクにならないのだから関係ないと思っているのが透けて見える。
Aランク冒険者。
それは冒険者の頂点、あらゆる冒険者の、そして冒険者の冒険譚を好む人々の憧れの象徴。
Bランク冒険者がプロスポーツプレイヤーなら、Aランク冒険者はそんなプロスポーツ選手の頂点。
世界大会とかで優勝するレベルの存在だ。
オリンピックで金メダル取れるって言えばわかりやすいね?
で、そんなAランク冒険者には、栄誉と共に責任も転がり込んでくる。
冒険者として成功し続ける責任だ。
常に大きな冒険に挑戦し続ける義務と、それを成功させる責任が常に伴ってくる。
もしもその努力を怠れば、Aランク冒険者のままではいられない。
そうなればまたBランク冒険者へ逆戻りなわけだけど、逆戻りした時点で冒険者としての人気は地の底に落ちる。
はっきり行って、人気商売なところもある冒険者としてそれは、致命的と言わざるを得ないだろう。
加えて言えば、そもそもAランクに昇格した時点で「自分だけが良さを知ってる」冒険者ではいられない。
Bランク転落となったら、「玄人好みのいぶし銀」という実力にも疑問符がつくだろう。
昇格しても何もいいことがない!
でも、私の実力だと何れ昇格しない訳にはいかない。
今回みたいなイレギュラーに遭遇して、それを解決していけば自ずと実績は溜まっていく。
詰みである。
「まぁまぁ、本来ならクロナさんはAランク冒険者にふさわしい実力を持っていることは事実ですから、これは当然の結果ですよ」
「フォ、フォローになってないよミアさん……」
そりゃあ端から見ていて私が、実力に対して評価が低いってことは事実だけれども。
原因は私が本来の実力を発揮しようとしていないから。
知ってる人からしてみれば、惜しいと思うのは当然だよね。
ま、だからこその「自分だけが良さを知ってる」系冒険者なんだけど。
「……まあ、いずれAランクになるつもりはあるよ?」
「そうなんですか!?」
嬉しそうに、こちらを見てくるミアさん。
私はまっすぐ、それに返した。
「――だってミアさんの期待を裏切りたくないから」
ミアさんは、私の良さを知っている。
そこには私に対する“期待”があるんだ。
私は、私の良さを知っている人の期待を裏切りたくない。
だから、たとえどれだけなりたくなくたって、私はAランク冒険者にいずれなる。
「――――っ!」
「ミアさん?」
ミアさんは顔を手で覆ってしまった。
……なんでそんな目でこっちを見るんですか、師匠?
「うう……い、今はまだ、私の期待するBランクのクロナさんで大丈夫です……」
「……? そう? わかった」
不思議なミアさんは、そのままパタパタと私達の方から離れていくのだった。
……何だったんだろう?