二 きっかけは、自分の良さを知ってもらえたことb
――ランペイジボアの討伐ということで、少し昔のことを思い出してしまった。
当時はただ罠を張って逃げるしかなかった相手だが、今となっては一人で問題なく討伐できる存在である。
もちろんそれができるのは、私がBランクの冒険者だからで。
当時の師匠よりも、今の私はランクが高いということなのだけど。
といっても、師匠も今はBランク冒険者なので、どっちが上ということはないけど。
さて、今はランペイジボアのことだ。
街道の途中に出現するという何とも面倒な出現の仕方をしたせいで、今は人通りが殆どない。
かわりに、ランペイジボアが暴れ回った痕があちこちで見受けられる。
発見にはそう時間がかからないだろう。
痕は森の奥の方へと続いている。
ならばこれを追いかけていけばいいわけだ。
私はゆっくりと身体を落とし、足に“魔力”をまとわせると――急加速で飛び出した。
この世界には魔力という概念がある。
人々は常日頃から魔力を無意識に使用して身体を動かしていて、だから前世と比べてこの世界の人は身体能力が高い。
私が他人よりも足が速かったのは、生まれた時から魔力を使って足を動かしていたからだ。
そしてそれを意識的にできるようになれば、人間は超常的な力を手に入れることができる。
もちろん、それはとても困難なことだ。
やる気に満ち溢れ、子供特有の成長力をもってしても、魔力を意識的に使えるようになるまで私は一年かかった。
そもそも、魔力を意識するやり方を教えてくれた師匠が、数十年冒険者をやっていても魔力を自在に纏わせられなかったのだから、難易度は推して知るべしである。
冒険者としても、魔力の操作はBランクに昇格するための条件になるほどで、全員ができることではない。
これができるかどうかが、冒険者としての強さの指標になる。
逆に、魔力の操作ができてある程度の信用があれば、Bランクの昇格はほぼ既定路線だ。
本当なら、実力隠しとかしたかったから、Cランクくらいで留めて起きたかったんだけどね、私も。
三年間積み上げてきたギルドからの信頼が、それを許してくれなかったんだ。
さて、私は高速で――少なくとも法定速度で走る車よりはずっと速い速度で――森の中を駆け抜けていく。
ランペイジボアはその巨体のせいで、木々が生い茂る森に出現すると身を隠すことがほぼ不可能だ。
捜索を始めて一時間、ランペイジボアが森の奥の開けた場所で身体を落ち着けているのを見つけた。
私が高速で接近していることもあって、向こうはまだこちらに気付いていない。
あの時と同じだ。
――殺せる。
確信を持って、私は自身の得物を引き抜く。
それは、見た感じ特別なところのない、ごくごく普通のショートソードである。
実際、店売りで一山いくらの一品だ。
当然ながら、これでランペイジボアを一突きしても、よっぽどうまくやらないと殺害には至らない。
ただ、私がこの武器に求める役割は、“鍵”。
<陥没!>
私はそれを地面に突き刺し、言葉に魔力を込めて解き放つ。
直後、
突き刺された剣から黄色の光がほとばしり、ランペイジボアの足元にたどり着くと、地面が陥没した。
魔術と言うやつだ。
魔力は身体に纏わせることもできるが、それはつまり発声器官――言葉に纏わせることもできるということでもある。
故に、魔力を言葉に込めて解き放つと、こうして魔術と呼ばれる現象が発生する。
私が得意とするのは、ドワーフである師匠から教えられた、土属性の魔術。
師匠は地味だと自嘲していたけれど、そんなことはない。
だってこれは、私の求めていた堅実な玄人好みの魔術である。
地面に穴を開けて相手のバランスを崩す罠のような使い方。
他には――
<土塊!>
引き抜いたショートソードに、地面を固めた岩を纏わせ大きな打撃武器とする。
など、様々な使い方ができる。
私は自分の背丈の倍くらいはある棍棒を手に、崩れた地面の中へと転げ落ちていくランペイジボアへ向けて、飛びかかった。
「せ、え、のおおおおお!」
ランペイジボアは雄叫びをあげて、こちらを見る。
体勢を崩したデカ猪に、為すすべはなく。
私は、一撃で魔物を叩き潰した。
**
無事にランペイジボアを討伐すると、その素材を引っ剥がしたりして持って帰り、討伐報告をした。
素材はそのままギルドに売りつけてお金にできるので、クエスト達成の額面以上に報酬が美味しい依頼である。
それでも、ダンジョンに潜るよりは効率が悪いけれど。
ミアさんは、本当に嬉しそうにこちらへクエスト達成のお礼を言ってくれた。
こうやって、私のことを理解してくれる人に喜んでもらえる。
私が「自分だけが良さを知ってる」系冒険者になりたい、大きな理由の一つだ。
そのきっかけをくれたのが師匠で、私に冒険者としてのノウハウを教えてくれたのも、また師匠。
今は世界各地を回って、冒険者としての見聞を広めているというけれど、また師匠に会いたいな。
――なんて、ことを思っていたら。
「そういえば、有名なドワーフの冒険者の、アスノさんがいらっしゃってるそうですよ? クロナさんって、アスノさんとお知り合いなんですよね?」
……師匠がグラールに来てる!?