二 きっかけは、自分の良さを知ってもらえたことa
前世の私は、これといって特筆すべき点のない陰キャだった。
というか、転生して生まれ変わっても、それは別に変わらなかった。
TSして、それなりに顔が良くなれば周囲は自分を特別視してくれるかもと思ったが、別にそんなことはなく。
理由は単純で、私が生まれた村には私より顔が良くて、愛嬌のある女の子がいたからだ。
それも複数。
いや、顔がいいというのは平均を超えれば後は個人の好みだ。
だから結局、愛想のいい女の子と比べて私は地味で、誰かから注目を集めるような存在ではなかったということ。
まぁそれでも、周囲から拒絶されることはなく、両親にはそれなりに愛情を持って育てられた。
前世と変わらず、特筆すべき点のない人間として成長していくんだろうなと、そう自分を納得させて。
転機となったのは、私が八歳になった頃のこと。
その日は、森へ山菜を取りに行ったり、事前に仕掛けておいた罠に獲物がかかっているかの確認に行く日だった。
村の子供たちが数人で探しに行くのだけど、私は早い段階で一人になってしまった。
親しい友人と呼べる存在のいないボッチで、山菜採りでの単独行動も初めてではない。
そんな時だった、山に迷い込んできた一匹の魔物――ランペイジボアに遭遇したのは。
ランペイジボア、数メートルはある巨大猪。
その巨体から、木々を軽々と薙ぎ払い、最高速での突撃では岩をも砕くという。
当然、村の近くにそいつが出現した場合、被害を出さずに仕留めることはほぼ不可能だ。
ただ、幸いにもランペイジボアは私に気付いてはいなかった。
こちらが一方的にあちらの存在に気付いているから、逃げ出すことは容易だ。
もちろん、こんなところで死にたくない私は即座にその場から逃げ出そうとしたのだが。
ふと、気付いてしまった。
今日、私の荷物の中には、森に仕掛けるための罠が幾つかあった。
それは私の村を守護してくれるドワーフの冒険者のお姉さんが作ってくれたもので、組み合わせれば大きな魔物にすら効果があるものだ。
つまり、何がいいたいかといえば。
私は今、目の前の魔物を――
――殺せる。
そう、気がついてしまった。
正確にはこの罠で魔物を弱らせれば、あとは大人たちが対処してくれる状況に持っていけると気づいたのだ。
もちろん、それを実行することには危険が伴うし、当時の私にこれといったチートはない。
強いて言うなら少し同年代の子より足が速いみたいだったけれど、女子の足の速さとか、気にされること殆どないからね。
それでも、ちょっとくらい罠を設置してみるくらいなら問題ない。
もし万が一失敗しても、ちょっと罠が無駄になってしまうくらいで。
ランペイジボアが出現したという事実で、そんな無駄あっという間に有耶無耶になってしまうだろう。
だから私は、罠を設置して逃げた。
それから一緒に山に来ていた子どもたちへランペイジボアのことを伝え、急いで下山。
大人たちにそのことを伝えると、村の守護をしてくれる冒険者を中心に山狩りが実施され――
ランペイジボアは、何やら衰弱した状態で発見され、討伐された。
私の仕掛けた罠はランペイジボアの巨体を足止めできるものではなかったから、あくまでランペイジボアを衰弱させるにとどまったのだろう。
衰弱したまま移動したことで、私の罠の存在を村の人達が知ることはなかったけど。
それでも、私の罠は魔物を殺した。
それは非常に稀なことだ。
ランペイジボアが出現して、誰も死なずにそれを処理できるなんて。
何やら悲壮な覚悟を決めて山へ入っていった村の大人たちが、困惑した様子でランペイジボアを抱えて帰ってくる様子は、何とも言えない気まずさがあった。
思わぬ形で緊張から解放されたこと。
誰も経験したことのない状況から、村は感情の行き場をどうしていいか分からなくなり。
最終的に、次の日には何事もなく元通りの日常へと戻ることになった。
本来なら、真っ先にランペイジボアを見つけてそれを報告した私は、それなりに称賛されるべき立場だと思うのだが。
あまりにもあっさりと事件が片付いてしまったことで、すっかりとそれを忘れられてしまったらしい。
最初に山から降りてきて大人たちにランペイジボアのことを報告した時に、すごく心配されて両親から無事で良かったと抱きしめられた時と比べて、落差が大きい。
別に、そのことに対して不満とかはなかったよ。
元から私は影が薄かったし、気にされることのない立場は慣れっこだった。
流石に、ランペイジボアの発見が他の子の手柄にされていたら堪えただろうけども。
むしろ私にとって――
大事なのは、その後のことだ。
さっきから少し話題に出てきているけれど、私達の村には、魔物のような外敵から村を守ってくれる冒険者がいる。
ドワーフのお姉さんで、山での狩りが得意な人だ。
ランペイジボアを弱らせた罠もこの人が教えてくれたもので、ちょっと地味なところはあるけれど、村では普段から頼りにされている。
まぁ、普段の仕事は村の守護をする冒険者というよりも、狩人として村人を率いて、小型の魔物や動物の肉を取ってくる人という感じなんだけど。
そんな冒険者のお姉さんが、事態が収まってから私に言ったんだ。
「あの罠は、君が仕掛けたものだろう? ありがとう、助かった。お陰で犠牲を出さずにランペイジボアを倒すことが出来た」
――と。
その時だった。
そう、それがすべての始まりだったんだ。
私にとって、私という存在にとって。
それは初めてのことだったんだ。
他人から評価され、感謝されるということが。
自分のしたことを誰かが気付いてくれて、それを認めてくれるということが。
他の誰も気付かないようなことを、熟練者だけが気付いてくれたということが。
それは、初めての成功体験だった。
お姉さんの言葉は、私に衝撃を与えた。
誰かから評価されるということが。
こんなにも嬉しいことだったなんて。
私は今まで、知らなかった。
――それから、私はドワーフのお姉さんに師事して冒険者を目指した。
最初のうちはお姉さんは当然、教えることを渋っていたけれど。
「体力をつけるだけでも有益だから、一人で身体を鍛える方法を教えてほしい」など、いい感じに言いくるめ……もとい、説得して。
私は少しずつ、冒険者になるための努力を始めた。
努力を始めてから気がついたのだけど、努力を継続して続けるというのは、それだけで一定の才能を要求される。
もっと言えば、幼い頃から努力を継続することは、それ自体が一つの才能なのだ。
私の場合は成功体験というモチベーションがあったから努力を続けることが可能だった。
子供特有の吸収力と、前世の記憶というアドバンテージも相まって、私は一気に冒険者としての才能を開花させる。
十歳の頃には、ドワーフのお姉さんを師匠と呼び慕い、彼女の助手として狩りを手伝うまでになっていた。
子供だてらに狩りへ参加することは、大人からしてみれば遊びの範疇として見られてはいたけれど。
師匠からは大人顔負けの狩りの腕を認められて、これもまた師匠が私を「自分だけが良さを知ってる」と思ってくれているということであり、モチベーションになった。
そうして、十三歳になるころにはほぼ一人前の冒険者として活動できるまでになり。
師匠のお墨付きを貰った私は、それを元手に両親を説き伏せ冒険者の街にしてダンジョン都市“グラール”で、冒険者を始めた。
それが今から、三年ほど前のことである。