十三 推しと好意の感情は乗算されるb
ロロが不思議そうに首をかしげて、こちらを見る。
純粋に疑問に思っているという表情だ。
推しが多いだけあって、嫉妬とかは感じないみたい。
いやそれはそれとして、今の一言を聞き逃さないロロは、ある意味流石だ――!
……まてよ、これは好機じゃないか?
私と師匠の関係を、これまでロロに話したことはない。
なんとなくロロが師匠のオタクであるっぽいことを察していたために、刺激が強すぎると判断したからだ。
多分、話しても酷いことにはならないだろうけど、それでもどんな化学反応が起こるか読めなかった。
でも、この状況ならむしろ話すにはちょうどいいんじゃないか?
私のブロマイドと、師匠との関係。
どちらがより刺激が強いかと考えれば、おそらく前者だ。
何より、師匠との関係はロロと交流を続けていけばいずれ解ること。
なら、早いか遅いかだ。
……私のブロマイドも同じじゃないかって?
目の前に私がいるかどうかで、ロロの反応も変わってくるとおもうから……
「あーえっと、実はね」
「はい」
「……アスノさんは私の師匠なの。師匠に褒められたことがキッカケで私は冒険者を目指したんだ」
「――――はい?」
「ほら、師匠の話にあったでしょ、影響を受けた弟子の話……あれ、私」
「――――――――はい」
ロロの優秀な思考回路が停止するのを、初めて見た。
あれほど頭の回転が早いロロが思考停止するって、よっぽどのことだ。
……ロロには悪いけど、今のうちにこのブロマイドを購入して隠蔽する!
と、思ったのだが。
「素晴らしいですわ、お姉様!」
ロロの復帰は思った以上に早かった!
あ、手を掴まれると抱えてたブロマイドが――!
「お姉様、お姉様とアスノ様は、アスノ様がお姉様にきっかけを齎し、そのきっかけに奮起したお姉様がアスノ様のきっかけになったと聞いておりますわ。アタクシその関係をとても素晴らしいものだと思っておりますの。そんなお姉様がこうしてアタクシに言葉をかけてくれる事自体がそれだけでもう人生の頂にたどり着いたかのような!」
いや、復帰してなかった!
これはいわゆるヘブン状態だ。
まっていつの言葉だっけヘブン状態って。
「ロロ、ロロ! 落ち着いてロロ!」
「これが落ち着いていられませんわー!」
「ああああ手をブンブン振らないでーーーーっ!」
ブロマイドが、ブロマイドがーーーー!
はらり。
「あっ」
「あら?」
結果として、ブロマイドの一枚が地面へと落ちる。
手の空いていたロロが、さっとそれを拾い上げる。
――終わりだ。
そのブロマイドを見たロロは、今度こそ完全に停止した。
しばらく、こちらに注目を集めていた周囲も含めて店内はしんと静まり返る。
なんというか、興奮する顔のいいオタクいいよねみたいな視線でこちらを見ていたために、こうして停止したことを何事かと思ったんだろう。
いやまぁ、ロロは本当に顔がいいから、今の興奮するロロはなかなかどうして可愛らしかったのだけど。
それはそれとして、ロロは停止した。
ブロマイドを眺めて、完全に。
あ、ギギギって機械みたいな音を出してこっちを見た。
それから、視線を下に落とす。
もう一度、こちらを見る。
ブロマイドと私を見比べているんだろう。
ちらりと視線を落とすと、ブロマイドの中の私は笑顔でピースサインなんてしている。
ちょっと似合わない気もするけど、こういう地味なポーズが私のイメージする私に似合っているかなと思ってやってみた。
……改めて、こうして凝視されると恥ずかしいな。
そんなふうに沈黙が続き、一部のオタクがじれったくなってくる頃。
それは、起きた。
ロロが鼻血を出して倒れたのである。
「ろ、ロロ――――!?」
現実で鼻血を出して倒れるオタク初めてみた……じゃない!
事件現場を作り出そうとしている瀕死のロロを救うため、慌てて私はロロに駆け寄るのだった。
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これは余談だが、この世界に“推し”という概念を齎したのはかの勇者“シロナ”である。
この世界に多くの恩恵を齎した勇者シロナは、そのあまりの功績から勇者であるということが霞んでしまうくらいに様々な爪痕を残した。
その一つである“推し”という概念。
これは勇者シロナに対する信仰と相まって、クロナの考えるような“オタク用語”としての意味以上の意味を持つようになっていた。
すなわち、この世界における“推し”とは“神格化”と同義である。
ロロの数々の奇行は推しに対する信仰の表れであり、その感情の大きさはクロナが思う以上のものだ。
結果、ロロは鼻血を噴き出し倒れてしまった。
これもまた、クロナと周囲の認識の違いが起こした悲劇であると言えよう……