十 これが主人公力の差……!b
勇者。
異世界ならよくあるやつ。
この世界にも当然存在していて、歴史上定期的に勇者は現れていた。
同時に、魔王という存在も。
魔王はこの世界に破滅を齎し、勇者はそれを防ぐ存在。
今から千年ほど前までは、だいたい百年周期で現れては大きな戦いを繰り広げていたらしい。
でもそれが、歴史上最強と謳われる伝説の“シロナ”によって魔王が完全に消滅したのが千年前。
結果、勇者の役割も終わったのだが――
「勇者って、魔王が消滅してからも定期的に現れてるんだよね」
「は、はい。勇者シロナは別に勇者まで、消滅させたわけじゃ、な、なかったので」
つまり、現代にも特に役割なんてないのに、勇者という存在は生まれてくる。
そして今代の勇者が、コノハだったということなんだろう。
「しょ、正直、魔王がいなくなった後、勇者の特別性はこの、光属性と闇属性魔術への適性だけで……それ以外はなんにも、ないんですけど」
「まぁ、その方が平和に暮らしていけるだろうしねぇ……」
それでも、レア中のレアであることに違いはない。
ギルドが一ヶ月もコノハを待たせるのも当然だ。
「とりあえず、事情はわかったよ。コノハの件に関しては私も協力する」
「あ、ありがとうございます」
「その上でコノハ――コノハは、これからどうしたい?」
とりあえず、概ね事情を把握して、協力することを決めたからには。
まずはコノハの意思を確かめないといけない。
なにせ、私は決して勇者ではなく、勇者としての意思を決めるのはコノハなんだから。
「あ、えっと……その、ごめんなさい。おもい、つかないです」
「……思いつかない?」
「は、はい、すいません。私えっと……あんまり、自分で考えて、こ、行動したことが……なくって」
「あー……」
それは、なんというか想像ができてしまった。
話しただけで解ってしまう、というか。
――私も、前世ではそういうところがあったから、解る。
少なくとも、コノハと同じくらいの年の頃は、正直似たりよったりだったといえる。
まだ、顔が良い分コノハの方が救いがあるくらいだ。
「私、小さい村の出身なんです、けど……」
コノハは、簡単に自分の来歴を語ってくれた。
故郷では鈍臭いと周囲から馬鹿にされ、人の役に立った経験がない。
たまたま街を守護していた冒険者が魔術師で、その人のお陰で自分が勇者としての適性を持っていると解っても。
周囲は、そもそも勇者なんて今更なったところでなんだというのか。
コノハにそんな適性があっても、宝の持ち腐れだとそう切って捨てたそうだ。
そんな自分を変えたくて、コノハは冒険者になった。
しかし両親はそんなコノハの夢を、「まぁいいんじゃないか」と適当に受け入れたそうだ。
両親がそれじゃあ、コノハの意志力なんて育つわけない。
こうなるのも、ある意味必然だったんだろう。
「ところで気になったんだけど、コノハは勇者について結構詳しいよね。どうやって勉強したの?」
「あ、それは……その、適性を教えてくれた冒険者の人が、いらないからって、くれたんです。勇者の本を」
なんというかそれは。
私にとっての師匠にあたる存在にも、どうでもいいって、思われてたのかな。
「勇者の、ことが、色々、書いてあって。今は、宿に、おいてあるんです、けど。私の、一番の宝物、です」
「うん、うん……解るよ」
大切なもの、私にとっての成功体験。
それがコノハにとっての勇者の本なんだろう。
「あ、そうだ……クロナ先輩、私、えっと、やりたいこと」
「うん、何かな?」
「恩返し、したいなって」
「……恩返し?」
問い返していた。
なんだろう、恩返しって。
私には、あまりピンとこなかった。
「わ、私のこと、を迷惑だって思ってても、育ててくれた両親……や、この本を、私にくれた冒険者、さん。それから……私が生きていける、この、世界に」
「どういうこと?」
「だって、本に、書いてあったんです。勇者は、世界中のすべての人を、幸せに、するもの、だって」
……それは。
ちょっと、思ってもみない答えだった。
多分、私とは正反対の考え方だ。
私は、私が好きだと思う人に、私のことを好きになってもらいたい。
私の良さをしってもらいたいと思っている。
そのためには、私は“良い”人でなければならないし、なりたいとも思っている。
目的はそこまで違わないけれど、そこに至るまでの過程は正反対だった。
「それが、コノハに悪意を向けてくる人だとしても?」
「だとしても、私は幸せになって、ほしい、です。だってそれは、その人が私に向けている、感情で。幸せとか、不幸とは、関係のないこと、ですから」
「――――」
言葉が出てこなかった。
なんと言うべきなのだろう。
私と、コノハの違いをまざまざと見せつけられている気分だ。
これは、一言で表現するとすれば。
多分、きっと。
これが主人公力の差……!
ってなんでだよ!
もう少し真面目に表現しようよ私!
真面目な話してたよね!?
――コホン。
「分かった。コノハ、それなら私からもお願いがあるんだ」
「ふぇ……? な、なんでしょう」
「私に、コノハの願いの手伝いをさせてほしい」
私に、コノハのような慈愛を持つことはできない。
でも、私はコノハが幸せになってほしいと思っている。
私が好きになった人を、私は支える。
それは、私が普段から望んでいる、玄人好みな人の生き方だと私はそう信じているのだ。