七 ――お姉様と呼ばせてくださいまし!b
「ええと、どこから話そうかな――」
だが、ロロはクロナの話を聞いて納得した。
クロナを才覚者にしたきっかけは、たった一つの成功体験。
それ自体はありふれたもので、多分多くの人は経験して、クロナと同じような目標を志したとしても。
才覚者になれるようなものではない。
だから、クロナがそれほどの才能を発揮した根本的な原因は、別にある。
そしてそれは、これまで接してきたクロナという人間の人物像を顧みれば。
一つ、説明のつく“原因”があった。
「――と、まぁ大体こういう経緯なんだけど」
「それは……“すごい”ですわね」
「そう、自分でも思うよ、すごいことだって。でもね――」
その原因とは、つまり。
「私はたまに、これが自分の見てる夢なんじゃないかって思うことがあるんだ」
現実感のなさ。
もっと正確に言えば――自己評価の低さだ。
クロナは、他人と比べて妙に自己評価の低いところがある。
彼女がなんてことのないように行使していた、スリムスカーマウスを殲滅した魔術。
きっと、彼女はアレを他の大魔術と比べて“地味”だと思っているのだろう。
それは確かに間違っていないが、同時にあまりにも評価が低すぎるとも思う。
クロナの中にある多くの周囲との認識の齟齬は、自己評価の低さが原因にある。
自分は元々大したことのない人間だから、褒められても実感がわかない。
「あまりにも都合が良くて、私が思い描いた通りに進む人生を送る夢なんじゃないかって」
「それは……」
どうしてそこまで、自分の評価が低いのか。
今の自分に現実感を感じていないのか。
ロロにはそれが解らなかったが、原因の根底はやはり“転生”だ。
クロナは転生者だから、一度死んだ経験があるから、今の自分に実感が持てない。
そしてロロは、クロナの言うことを理解できた。
転生者ではもちろんないが、彼女にも“都合が良すぎる”と思う時があるのだ。
「アタクシも……“進む光”のことで、同じように思ったことがありますわ?」
「っていうと?」
「“進む光”に加わってくれた皆さん、あまりにも優秀で――アタクシは、恵まれすぎていると思うことがありますわ」
ロロには、自分が他人よりも志が高いという自覚がある。
人によっては、それについていくことが難しいということも。
その上で、今のメンバーは皆、ロロの理想についてきてくれている。
あまりにもそれは幸運で、こんなにも幸運でいいのかと、ロロは思うことがあった。
「だからもし、その幸運が泡沫の夢でしかないとしたら、と不安になってしまうこともありますの」
「そうだねぇ」
「ですから、その夢が覚めてしまったら、アタクシはきっと耐えきれないと思いますわ」
そう、冗談めかしてロロは言う。
それは、不安を吐露するクロナに対し、不安に思うことはないと思うと、そう言外に含めた発言だったのだが。
「……? 別に、夢が覚めたとしても、私はもう一度頑張るだけだよ?」
クロナは、なんてことのないようにそういった。
「どうしてですの?」
そう問いかけるロロへ、クロナは、
「だって、たとえ夢だとしても、ここまで頑張ってこれた私は嘘じゃない。だから、現実でも私はもう一度頑張れる。頑張って、今の私をもう一度目指すんだ」
そう、言った。
これまで何度も、ロロはクロナの発言、行動で言葉を失ってきた。
それは、クロナがあまりにも規格外で、驚きによって言葉を失ってしまうものがほとんどだった。
いや、全てだったと言っていい。
その上で、今回は違った。
一瞬、ロロの中の時間が全て止まって、目の前のクロナという少女にだけ意識が注がれた気がしたのだ。
これまで話をしていて、クロナの才能は天才というべきそれだった。
たとえ後付で開花させたものだとしても、それによって得られた能力は、あまりにも規格外だったから。
ロロはクロナが、自分の理想像であると認識できなかったのだ。
それが、今の一言で。
たとえ一度失敗したとしても、もう一度努力を続けるのだと口にするクロナを前にして。
ようやく、理解した。
この人だったんだ。
自分が目指す、壁を努力で乗り越えた天才は。
その日、ロロは自分の“運命”を変える出会いをしたと、直感した。
「クロナ先輩! いいえ、クロナ様!」
「え? な、なに? 突然どうしたの?」
気がつけば、困惑するクロナの手を取っていた。
幸いにも酒の入ったミニ樽はカラになっていて、ベランダの手すりに置かれていたため、お酒が溢れるようなことはなかった。
なんてことを、現実感のないままクロナが考えているだろうことが、彼女の視線から読み取れる。
その上で、ロロは口にした。
私は、この人を――
「――お姉様と呼ばせてくださいまし!」
この人を、目指して生きていく。
そう、宣言した。
後になって考えれば、どう考えても酔いが回っての阿呆な行動だったけれど。
少なくとも、その時のロロは本気の本気で。
「え? あ、う、うん、いいけど」
「光栄ですわ!」
心の底から、クロナに受け入れてもらえたことを、幸福に思っていた――――