四 手のひらドリラーc
ともあれ、気を取り直して。
何とも情けない話だけど、それなら監督役として一応確認しておくべきことを確認しておこう。
「じゃあえっと、下水掃除のクエストに監督役の冒険者がつくのは、下水道には魔物が出現する可能性があるからってことは、把握してるよね?」
「もちろん、下水道は地下にあるもの、地下はグラールの街で最もダンジョンに近い場所、そのため下水道は扱いとしてはダンジョンの一部でもあるのよね」
「うん、ダンジョンならもしもの事があっても、まわりに冒険者がいるからその人達の救助を待てばいいけど、下水道はそうもいかないから、私みたいな監督役がつくわけだ」
そして監督役は、ギルドの方から「この人なら監督役を任せても大丈夫」と判断された冒険者に話が行くことになっている。
私みたいな、ギルドの覚えがいい冒険者は、まさにこの条件にはピッタリだ。
ダンジョンの一部、とか、魔物の出現、とか。
そういう用語はちょっと話がややこしくなるので、また別の機会に話そう。
今は、下水道はダンジョンに近い特性を持っていて、被害を食い止めるために監督役がいた方がいいということだけ覚えておけばいい。
「だから私から言えることは、絶対に一人にならないこと。二人組を作って、付かず離れず行動を共にするようにした方がいい」
「そうですわね……アタクシたちのパーティは男性陣が前衛、女性陣が後衛という役割分担をしてますの。ああ、アタクシは前衛後衛どちらもこなせるので、状況に応じての遊撃がメインになりますわね」
「じゃあ、私とロロが二人で組んで状況を俯瞰できるようにして、残りの四人は男女でペアを作ったほうが良さそうだね」
「承知しましたわ。イチハとミツキ、ニトとシノをそれぞれペアにする。帰ってきたら伝えましょう」
――何てことを話せば、概ね事前のすり合わせはおしまいだ。
本当ならこういう話は、移動しながら雑談程度に相談すれば問題はないのだけど。
彼女たちは意識が高い、本当にびっくりするくらい効率的だ。
多分、移動中も色々と先輩冒険者から有益な情報を得るための質問がポンポンと飛び出してくるんだろう。
ああ、本当に生きている世界の違う子たちだ。
一つか二つしか年が違わないのに、私とは考え方が違いすぎる。
これが本当にただの意識高い系だったら、それでよかった。
相手の言っていることが理解できないのだから、理解できないままで終わりだ。
でも、ロロたちは違う。
言っていることが私でも理解できてしまうのだ。
それは、相手の目線に自然と合わせられるということで、こちらにとって向こうは生きている世界の違う人たちだけど、向こうはきちんとこちらのことを理解してくれる。
やめて! 私はただの玄人好み志望の凡人なの!
それ以上こっちを見透かしたら、私の心が死んじゃう!
……いや、そうだ。
今の私は、陰キャで志の低いオタクじゃない。
「自分だけが良さを知ってる」系冒険者じゃないか!
私は多くの人から尊敬を集めたいわけではない。
でも、決して他人からの評価を求めないわけじゃない。
むしろ、少数の人間からの評価を得るために、私はこれまで頑張ってきたんじゃないか。
同じことだ。
相手は、将来有望な新人冒険者パーティ。
そんな冒険者たちに評価してもらえたら、嬉しい!
その感情は、私が彼らの評価を得るために頑張る動機としては十分だ。
「――決めた」
「? どうしましたの、クロナ先輩」
あ、声が漏れてしまった。
慌てて何でもないと誤魔化して、心のなかでだけ宣言する。
この子たちからの評価を獲得する。
マイナスをプラスに変えるのだ。
ロロたちの手のひらを返させる。
否、オタクらしくこう言おう。
ロロたちの手のひらをドリルにしてやる!
なんたって、オタクが手のひらをドリルにするのは嗜みだからね!
そんな、さながら狂気のマッドサイエンティストのような、だいそれた野望をこの時。
私は密かに抱き始めていたのだった――――
なお、この時の私は、そもそも最初から私が評価されているという可能性については、考慮すらしていなかったことをここに付記しておく。