町にお出かけしたい
エイラの先導で、長い廊下をとてとてと歩いて食堂に着くと、
父のジェラルドがすぐに抱き上げに来た。
「ローゼ、体調はどうだ?」
「もうすっかり元気です」
「それは良かった」
そのまま座った父の膝に乗せられ、横に座る母のミルリーリウムからも頭を撫でられる。
「心配したのよローゼ、無理はしないで頂戴ね」
「はい」
元気よく頷くと、母は安心したように頷いた。
次々に兄達も現れて、朝の挨拶を交わすと自分の席に落ち着く。
マリアローゼは母のミルリーリウムの横に改めて座らされ、お祈りの後食事が始まった。
「ローゼ、君が沢山本を読んだと聞いたのだが」
食事中に、父が覗き込むように麗しの笑顔を向ける。
昨日の今日でもう報告がいっているのか。
さすがメイドネットワーク。
「はい。新しい御本を買いに行きたいです」
と町へ行きたいアピールを忘れない。
そもそも家にいながらにして、何でも揃う公爵家に生まれては町へ出る機会も無い。
常に貴族の子女は誘拐の危険性も孕んでいるので、
更に過保護なこの両親では、ただ町に行ってみたいではまず許されない。
知識欲旺盛で、本好きな父を篭絡する作戦だ。
「ほう。どんな本がいいんだい?」
笑顔で何でも何冊でも買ってあげるよ、みたいな笑顔を向けられて、んぐ、と言葉に詰まる。
何なら店ごと買ってきそうでとても怖い。
「自分で選びたいのです」
「ふむ…」
と父は綺麗な指を顎に当てて考え込む。
本を読む楽しさも知っていれば、本を選ぶ楽しさも知る父である。
スッと斜め後ろに視線を投げる父に、控えていた侍従のランバートが一歩進み出て静かに頭を下げる。
「3日後であれば、少しばかりお時間を取れるかと」
父は静かに頷くと、こちらに笑顔を投げた。
「3日後におでかけしようか、ローゼ」
「はいっ」
嬉しさ全開で返事をすれば、父も母も嬉しそうな笑顔を向ける。
「いいないいなー!」
「俺達も町に行きたい!」
と双子が騒ぎ出すが、父が一言「却下」と言って食事を続ける。
更に双子がわあわあと騒ぐ中、
キースが静かな声で言った。
「お前達は本など読まないでしょう。僕も本を見に行きます」
バッサリと切り捨てて、返す刀で参加をゴリ押してくる次兄に、父は鷹揚に頷いた。
「課題を全て終らせていれば良しとしよう」
「ありがとうございます」
家庭教師による授業と課題、今のところマリアローゼは礼儀作法と絵画と音楽にダンスといった
基礎でも子供が楽しめそうな授業しか受けていない。
ダンスと作法は必要だからだが。
「あの…俺も行きたいです」
おずおずとノアークも手を上げる。
「条件はキースと同じだぞ」
「はい」
長兄はと言えば、にこやかに御飯をモリモリ食べている。
本屋に興味はないらしい。
双子は不貞腐れながらも、行儀良くご飯を食べている。
多分、双子が一緒だと買い物どころではなくなるし、そもそも条件の課題終了すら難しい。
家庭教師から逃げ回って悪戯して、困らせまくるのが趣味の2人では。
食事が終ると、父は仕事へ、母は茶会へとそれぞれ出かけていく。
残された子供達は、家庭教師による教育を受ける。
マリアローゼは礼儀作法とダンスの授業。
そしてお昼寝をして昼食を取ってから、午後の音楽と絵画。
5歳児なのに頑張りすぎでは?
と思ったが、毎日ではないし、頑張れば早目に修了して違う授業に変えられる。
是非!是非、魔法を!武術を!
と叫びたい所だが、不審者にならないよう我慢する。
その分空いた時間にエイラが選んでくれた、魔法の基礎、初歩の本を読破した。
簡単に言えば
魔力の流れを感じる。
イメージが大事。
この二点が重要という事だ。
魔法の無い世界の記憶が追加されたところで、初心者に魔力の流れを感じろといわれても無理である。
適当なイメージだけど、自転車を乗れる乗れないのあの感覚に似ているのかな?と思う。
感覚さえ掴めば、使える。
実地で教えてもらうしかないのだが…魔法の授業は発現してからと決まっているらしい。
分水嶺である7歳前に発現すれば、制御を覚える為にも授業に入れるらしいのだが。
長兄のシルヴァイン、次兄のキースは天才肌で5歳にはもう魔法を使えたようだ。
双子に至っては魔法が使えることを隠していた為、実際には何歳から使えたのか分からず。
ノアークは7歳の誕生日を過ぎたが、未だに使えないと聞いている。
そして原作によればマリアローゼは絶望的、と。
こう考えてみると、長男次男に良い所を吸い取られてしまったのでは?と疑いたくもなってくる。
私の魔力を返して欲しい。
あの自信満々で不遜な笑顔を思い浮かべると、憎しみすら湧いてくる。
いや、いけない。
兄なのだから、大事にしなくては。
前世の知識を総動員して、魔力の感覚を掴む切っ掛けをどうするか考える。
流してもらえばいいじゃない。
魔法を使える相手に、魔力を流し込んでもらう。
そういう話を読んだことがある。
でも下手な相手に相談して、何だか爆発暴発するのは困る。
双子なんかに頼んだ日には頭が爆発しそうな気がする。
うーむと考えて、適任者を探す。
そうだ。あのひとなら。
「それで訪ねていらしたんですか、お嬢様」
クスクスと笑いながら、緑の垂れ目をさらに細める。
マリアローゼは治癒師の部屋に来ていた。
部屋は簡素だが、怪我人用のベッドが三つと、本や植物があちこちに置かれていて
物は多いが、居心地の良さそうな空間になっている。
その他にも、薬棚がきちんと有り、色々なものが瓶に詰まって置かれている。
マリアローゼの視線が薬棚に釘付けになっているのに気づいたのか、
優しい声音のまま、治癒師マリクは言葉を続けた。
「ああ、それは薬ですよ。治癒の魔法を使うまでもないものや、治癒の魔法では治らないものを治します」
「治癒魔法で治らないもの…?」
と聞くと、マリクは笑顔のまま頷いた。
「万能だと思われがちですがね、傷なら塞げるし、毒なら取り除ける。
場合によっては病も治せますけど、失った手足は治せませんし、治せない病もありますね」
「治せない病…」
「それで、魔力を流して欲しい、んですよね?」
考え込みそうになったマリアローゼに、目線を合わせるようにして、マリクは床にしゃがみ込む。
「はい」
両手を差し出すと、今まで座っていた背凭れの付いた椅子に、マリアローゼを抱き上げて下ろす。
そうしてまた跪いて、両手を両手で軽く持った。
「やった事ないので…気分が悪くなったら言ってください」
マリクの持った場所から熱を感じる。
これはただの体温だろうか?
と思っていると、何かが巡ってくるような感覚がする。
これは確かに、ある意味、気持悪いかもしれない。
例えは悪いが、昔病気の時に体内に水を入れられたような、あの異物感。
自分では止められない、ぞわぞわが身体を巡るのだ。
痛くは無い。
当たり前なのだが、自分の物ではない何か、が身体の中を通る時の底知れぬ悪寒。
意識を集中しすぎると吐きそうだ。
マリアローゼはそれ、が馴染むまでリラックスするように努める。
出来ればそれを自分の中で再現できれば、尚良いのだけれど。