トナカイに似ていたので
「あの方が帝国の15皇子ですか」
キースが、静かにマリアローゼに向けて確認するように言うと、マリアローゼも頷き返した。
「何だか丸々としてたな」
「子豚ちゃんだったな」
双子の兄が楽しそうに笑うと、ユリアの鋭い声が飛ぶ。
「不敬罪で処刑されますよ」
「え?不敬の塊みたいな君が言う?言っちゃう?」
と皆を代表してウィスクムがからかう様に言うと、ユリアはこっくんと頷いた。
「帝国はその辺厳しいですからね。気をつけないとそっこーで殺られますよ。特に王族はヤバいです」
マリアローゼは心当たりがある。
ほんの数ヶ月前に、アルベルト王子の誕生会で出会った帝国の王子がまさにそんな感じだった。
「確かにそうですわね。わたくしも首を刎ねる、と第一皇子に初対面で宣言されましたもの」
「分かりました。帝国に行った際には殺しておきますね」
良い笑顔でユリアも宣言した。
「それ不敬どころの騒ぎじゃなくない?」
「マリアローゼさまへの暴言を吐いた人間なんて生きる価値無いので」
はわはわとマリアローゼは慌ててユリアに嘆願する。
「お止め下さいませ。危険なことはなさらないで、ユリアさん。子供の言う事ですもの。わたくしはきちんと対応出来ますから。ね、お兄様たち……」
自らの意見に加勢して欲しくて兄達を振り返ったマリアローゼは愕然とした。
「あの王宮でロランド殿下が貴女を隠すように部屋に連れて行った意味が漸く分かりました」
「……確かにいたねぇ、そんな糞餓鬼が。でも俺が二度と会わせないと言っておいたよ」
一緒に行ったキースと、シルヴァインは笑顔で怒っている。
何も言わないまでも、ノアークも怒りを纏っているし、双子は不敬じゃんと二人で騒ぎ立てていた。
「お勉強、致しましょう!」
収拾する術を持ち合わせないマリアローゼは、とりあえずこれからの予定であるお勉強会をしようと主張する事にした。
長椅子に座ったまま、その流れを笑いつつ楽しんでいるウィスクムにも告げる。
「これからお勉強会を致しますので、先生ももうお戻りくださいませ」
「えっ?添い寝は」
「添い寝は要りませんので、どうぞお帰りください」
軽口を叩くウィスクムを、ユリアが両足首を手にもって長椅子から引き摺り下ろして、廊下へと引きずっていく。
「えっ?痛っ、今頭打ったんだけど?」
「それが何か?」
剣呑な目を向けていた兄達も、ユリアのおかげでにっこりして、マリアローゼの周囲にそれぞれ座った。
オリーヴェが早速お茶を用意して、ルーナとノクスが勉強用の資材を運んでくる。
「で、何故マリアローゼはあの、15皇子を助けようと思ったんだい?」
シルヴァインが何時もの魅惑的な笑顔を向けながら、圧をかけてくるので、マリアローゼはしどろもどろに答えた。
「ええと、あの方、丸々肥ったトナカイみたいで可愛らしくて」
「トナカイ」
まさかの返答に、思わずシルヴァインは笑顔のまま復唱した。
マリアローゼはその言葉に頷く。
「それに言葉遣いは王族らしい不遜さがあるのに、とても素直でいらっしゃるし、病弱なお母様をとても大切にしてらっしゃるの。帝位よりも、お母様を優先したいとお思いになるほどですのよ」
「それは本当に病気なのでしょうか?」
キースが静かに告げた言葉は、シルヴァインも同じ疑問を持ったようで、二人がじっとマリアローゼを見詰める。
マリアローゼはふるふると首を横に振った。
「それはまだ、分かりません。でも毒の可能性はあると思いますので、我が領での療養をお薦め致しましたの。明日からルドルフ様とは一緒に運動も致しますし、お兄様達も気にかけてあげてくださいますか?」
「よーし、それなら鍛えよう」
「一緒に練兵場に連れて行こう」
嬉しそうにキャッキャと双子が騒ぎ出すと、キースも頷いた。
「勉強なら僕に任せてください」
「まあ、頼もしいですわ!」
嬉しそうにマリアローゼも微笑んだところで、ルーナの冷たい声がした。
「ユリアさん。壁に同化しても駄目ですよ。これからお勉強会ですので、早くお部屋にお戻りください」
「えーもうちょっとマリアローゼ様と同じ空気を吸っていたいです」
「駄目です」
銀の盆で尻や背中を叩かれて、追い立てられるようにユリアが退室した所で、今日も秘密の勉強会が始まるのであった。