魔法と精霊信仰
「あっ!あああ!」
晩餐後に第15皇子のルドルフとの面談を控えて、マリアローゼは何かを思いついたのか、素っ頓狂な叫びを漏らした。
「どうされました?」
ルーナが急いで傍に寄ると、マリアローゼは慌てた様にあたふたとルーナに伝えた。
「あの、ウィスクム様をお呼びして欲しいの。わたくしどうしても訊きたい事がございますの」
「承知致しました」
可愛らしく必死に訴える主人の意を汲んで、ルーナは早速扉の近くに佇んでいるノクスに視線を送る。
ノクスも同じく
「承知致しました。ただ今お呼びして参ります」
と言って、外に出て行った。
「ローゼ!きたよ!添い寝かな?添い寝してほしいのかな?」
「永遠の眠りに就かせますよ?」
ウィスクムの第一声に、ユリアの物騒な返答が食い気味で発せられて、マリアローゼはわたわたと焦ったように伝えた。
「添い寝はいたしません。それより、先程見せていただいた完全幻術は見た目だけじゃなく、感触も錯覚させると思うのですけれど、間違いないですか?」
「うん、そうだね」
ウィスクムはマリアローゼの腰掛けている長椅子に、どっかりと座って背凭れに腕を回した。
ユリアはささっと、その椅子の背後に回って、マリアローゼに触れようものなら腕を捻り上げるぞという圧を込めて見下ろしている。
「でしたら、小さくしたあの形にあった箱に入れることは可能ですか?」
「ああ、そうか。成程な。それは、出来るが、出来ない」
きょとん、と目を大きく見開いたマリアローゼにウィスクムは楽しげに笑いかける。
「つまりだ。箱に入ったと誤認させる事は出来ても、物理的に箱に入る訳じゃない」
「そういう事ですのね。質量の法則ですかしら……」
納得し、後半は呟くように口にしたマリアローゼの言葉に、今度は逆にウィスクムが驚いた。
魔法関連の書籍は読んでいない筈の幼女が口にする言葉ではない。
「魔法は想像力による現象である、という有名な魔法使いの言葉もあるが、覆せない大原則があるんだ。
無から有は作り出せない」
考え込んだマリアローゼは、深く頷いた。
それは世界の理であって、この世界の世界律のようなものだ。
魔法が万能ならば、好きなだけ富を生み出せるし、料理だって好きな食べ物を出せばいい。
そうなれば、どんな世界でも貧困や格差がなくなるのだけれど、一体どんな世界になってしまうのだろうか。
前世の記憶で読んだ本の一説にあった未来の予想が、その答えの1つかもしれない。
人々は労働の必要が無くなり、快楽を享受し続けるだけの物体になるのだ。
古い書物にあった、食事の快楽を得る為に喉を羽で擽って吐き、祝宴を続ける貴族と、頭だけ大きく進化して身体は虚弱になった未来人が、吐いては食べるを繰り返す予想図が、ぴたりと一致してマリアローゼは怖気に包まれた。
「……それは大事な事ですわね」
顔色を悪くしたマリアローゼを気遣うように、ウィスクムはその小さな頭を大きな武骨な手で撫でた。
「但し、例外というか特殊な分野もある。1つは錬金術。彼らの術式は物質を変容させたり、増やす事が可能なものもある。似たようなものだと、植物魔法もそれに当たるな。
もう1つは廃れてしまったが、精霊魔法。この世界から精霊が消えて、存在しない魔法だな。
精霊の力を借りる事によって、起きる現象が莫大になり、物理的に現象を起こす事が可能になる」
精霊……
小説や漫画に出てくるような精霊は、何だか妖精に近い物で無垢というより幼いだけの物として描かれることが多かった。
この世界にも、その様な存在が在った事に驚いて、マリアローゼは「痛ァ……!」と苦悶の表情を浮かべるウィスクムの手を抓っているユリアに気が付いた。
気が付いて、悟った。
(そうですわね、この世界には神がいて、人間に加護という恩寵を与えている。
人外の存在がいて、その存在は物理的な制限を無視するのかもしれないですわ)
「もしかして、ルルーレの泉の女神も、精霊ですの……?」
「その可能性は大いにあるし、俺はそう確信している。ちょうど神聖教が普及し始めた頃に精霊達が姿を消したが、精霊は神として各地で信仰されていたからな」
マリアローゼが興味を募らせて目を輝かせていると、ノクスが声を発した。
「フォールハイト帝国、第15皇子殿下、ルドルフ様がお見えになりました」




