魔法は筋肉
「本当に失礼したねー」
と軽い調子で、ユリアとジェレイドにボコられて痣が出来た顔でウィスクムは笑顔を向けた。
「いえ、こちらこそ。レイ様とユリアさんが暴力を…」
「ローゼが言うほど心広くなかったねーコイツら。はーマジちっさ。水溜りくらいちっせぇな!」
笑顔で文句を言うウィスクムに、ユリアが早速威嚇した。
「ぁあ?私が水溜りなら、ジェレイドさんなんて水滴ですよ」
「え?何でその流れで僕が貶されてんの?」
思わぬ攻撃に、ジェレイドは首を傾げた。
喋り方や言葉遣いがユリアと似ているのだが、転生者なのだろうか?とマリアローゼがまじまじと観察するように見ていると、ウィスクムがポーズを取った。
「見惚れてしまうのは分かるが、俺は君の師匠だよ?まあ、禁じられた師弟愛も燃えるけど!」
「いえ、話し方が変わっているなあ、と思いまして」
とりあえず否定から入って、疑問を投げかけると、ウィスクムが首を傾げた。
しゃらん、と耳飾が音を立てる。
耳飾は異国の物のようで平べったくて細長くて、色々宝飾品が付いているようだ。
「ジェレイドと学生時代から喋っていたからか移ったんだよなぁ。元々は上品な上流階級の紳士なんですよ」
「はあ?それで紳士なら、その辺の熊にスーツ着せた方がまだ紳士ですよ」
ユリアから早速野次が飛ぶ。
マリアローゼは納得したように頷いた。
もしかして転生者かと思ったが、そうでは無いらしい。
そして、紳士でない事もマリアローゼは納得している。
あれだけ淑女を振り回したのだから、紳士な訳はないのだ。
「なるほどですね…ええと、それでしたら、今日は大変でしたでしょうしお休み頂いて、明日から授業という事で宜しいの
でしょうか?」
「え?俺は全然大丈夫だよ。ロゼたんの授業するよ?」
「変な呼び方をするんじゃない!」
(そうですわ!)
ジェレイドのお叱りにマリアローゼも同意して頷くが、続けて言った言葉に静かに表情を失くす。
「そう呼んでいいのは僕だけだ!」
(それもやめて頂きたい)
ユリアがパキパキと拳というか、指を鳴らした。
何時もどおり手を握りしめたり、押したりしたのではなく、開いたままで。
(怖い)
「さあて、どちらから成敗致しましょうか?」
ニッコリと笑顔を向けるユリアに、マリアローゼはうーんと悩んだ。
「え?悩むとこ?俺は先生だよ?師匠だよ?」
「いやいや、それを言ったら僕は血の繋がった家族だよ?」
1人だけでも厄介なのに、もう1人変種が増えてしまって、マリアローゼは困った様に溜息を吐いた。
「ではレイ様はもうお仕事に戻られませ。わたくしは先生の授業を受けますわ」
「分かったよ。一応今日まで謹慎て事で、授業するなら座学で頼んだぞ。じゃあ、愛しいマリアローゼ、僕はお仕事してくるからね」
抱きしめて、マリアローゼの頭に頬ずりしてから、ジェレイドは扉の側まで行って振り返った。
「コイツが何かしたら成敗して構わないからね」
とユリアに言い、ユリアは良い笑顔で返事を返した。
「合点承知!」
(何処の居酒屋かしら?)
元気な返事に首を傾げた後、マリアローゼは改めてウィスクムを見た。
「まだわたくし、魔法関連の書物も禁止されていたので読んでいないのですけれど、大丈夫でしょうか?」
「ああ、いい、いい。あんなものは必要ない。魔法はね、筋肉だよ」
「えっ……き、筋肉ですか!?」
まさかのウィスクムの一言に、公爵令嬢が食いついた。
普通の淑女はドン引き間違い無しのその言葉に、マリアローゼ5歳は歓喜している。
「体力と言い換えてもいいだろうけど、身体が資本である事は間違いない。強い魔法に耐えるには強い身体が必要だし、小さな器には小さな物しか宿らない。稀に例外もあるが、それは元々の資質であって、鍛えられる物では無いし、下手をすれば肉体ごと滅びるからね」
マリアローゼはうーん、と首を傾げた。
今迄読んできた冒険譚では、いつも筋骨隆々としてたのは戦士系統の人々だけで、あとは細身だったような気がする。
それに前世の記憶で読んだ本には、小さいのに魔力が大きいというギャップも持て囃されていた。
「物語の中では、どちらかというと貧弱に書かれてるのもお見かけ致しますが…」
「実際にそういう人々もいるよ。虚弱体質だったりするのは、魔力の制御が仕切れていないから、生命力が削られていたりそもそも魔力がその人物の身体能力に見合ってなかったりする場合だね。あと単純に魔力制御が下手」
「下手…」
あんまりな言い草である。
けれど、割と真剣に居合わせた護衛の面々も話に聞き入っている。
思い当たる節でもあるのかしら、とマリアローゼは全員を見回した。
そしてハッとして質問を投げかける。
ずっと気になっていた事だ。
「では、魔力が使えない方々はどういう理由で使えませんの?」
お茶請けのお菓子を食べながら、ウィスクムはうーんと顎に手を置いた。




