完璧な幸福
「これはレイ様とすり合わせが必要ですわね…」
「まあ、何の?」
思わず呟いた言葉に、不思議そうに母が答えた。
マリアローゼは、少し考えて問いかける。
「この食べ物は、一般的に普及しているものですの?それとも公爵邸だけでしょうか?」
「パスタなら、ええ、一般的というよりは、貴族の間では食べられるものかしら?ウニは此処でしか口にした事ないですわねぇ」
「ウニ」
(まんまウニ呼びですか、叔父様!
絶対叔父様がネーミングしましたよね!?)
「まさかねぇ、あんなにトゲトゲしたものが、こんなに甘いなんて思いもしませんわよね」
「ええ……食べようという人がそんなに多いとは思えませんもの……」
この独特の風味は、好き嫌いが分かれる、とマリアローゼは頷いた。
でも大抵の物は、お菓子にしたら美味しいのである。
(ここはやはり、煎餅かしら。ウニ煎餅、とても美味しいですものね。
それに、甘い物ばかりで飽きてしまった御口にも、塩気のある食べ物は良いですし。
特産品としては中々良いのではないかしら)
もぐもぐ
美味しい食事を味わいながら、マリアローゼはまた景色に目を向けた。
日差しは爽やかで、夏とはいえ、海から吹きつける風は涼しい。
うだるようなコンクリートジャングルの暑さに比べれば、地面の多いこの中世のような都市は過ごしやすい気温なのだろう。
くすくすと笑う、母の密やかな声に意識を引き戻されて、マリアローゼはこてん、と首を傾げた。
「貴方は本当に不思議だわ。色々な事を考えているのね。愛らしくてお利口さんで、優しくて、わたくしは貴方を見ているだけで幸せな気持ちになるのよ」
ぼへーっと考え事をして、会話をするのを忘れていたマリアローゼは、まさかの褒め言葉を美しい貌で告げられて、穴があったら入りたくなったのである。
入ったら蓋も閉めて欲しい。
「ごめんなさい、お母様、海が大きくて綺麗で見惚れておりました」
「いいのよ、ローゼ。わたくしは貴方から幸せを貰っているのだから」
(甘やかされてる!
今、わたくし、完全に甘やかされてる!)
(本当は駄目です、礼儀作法としてはいけませんわ。勝手に供給されるジェレイド叔父様とユリアさんは置いといて、お母様にそんな垂れ流しの何かを受け取らせるのは、断固認めるわけには参りませんもの)
「わたくしも、お母様の娘に生まれてこられて、とても幸せです。公爵家じゃなくても、どんな家だったとしても、わたくしは、またお母様の娘になりたいです」
正真正銘の本音である。
だが、それを聞いたミルリーリウムはみるみるうちに涙を浮かべた。
美しい相貌に、真珠のような美しい涙がぽろりぽろりと滴り落ちていく。
「あ……お母様……」
「わたくしもよ、ローゼ、何度だって貴方の母になりたいわ」
ハンカチを手に、母の涙を拭こうとしてマリアローゼは抱きしめられた。
光を集めたような金の髪越しに、青い空と海を見ながら、マリアローゼは母の背を抱き返す。
(完璧な幸福、というのはこういう事を言うのだわ)
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