お料理大作戦
シルヴァインは幸せそうにニコニコ笑顔を浮かべ、ジェレイドは反対に苦虫を噛み潰したような顔をしている。
間接キスを狙ったのかどうかはさておき、一番マシなのは兄のシルヴァインなので、マリアローゼはそちらも敢えて無視する事にした。
「炭酸は慣れていない方には刺激が強うございますので、まずはレモーヌ・アクアと混ぜて提供する事に致しましょう。名前も、炭酸を混ぜた物はレモーヌ・ソーダとします」
「ではお作り致します」
スッとユグムとキリウが先頭に立ち、料理人達が動き始めて、あっという間に全員に行き渡った。
「では折角ですので乾杯致しましょう。皆様の健康とこれからに」
配られた微炭酸のレモーヌ・ソーダはとても美味なものだった。
中には初めての炭酸に咽る者もいたが、城と屋敷の住人達は美味しそうに飲んでいる。
マリアローゼは、ソーレの反応を窺ったが、目をキラキラさせて少年のように楽しそうにしている。
ちょっと小太りの中年だが、そんな様子は可愛いと思う、マリアローゼ5歳だった。
もうすぐ6歳になるが、まだ幼女である。
「これは、レモーヌの量、銀砂糖の量、炭酸の量で、各店の差別化を図ることが可能ですので、町のお店で出す場合等は皆様で相談なさってくださいませね」
「はい!味に違いが有る方が、色々な店へ客の流れが出来るという事ですな?」
正しく意図を汲み取って貰えて、マリアローゼは笑顔で頷いた。
ソーレの方も、幼い少女が魔法の様に美味なる物を作り出した上に、商売に関してまで采配をした事に、
驚きと興奮を感じていた。
「さて、今日は皆様のお仕事もございますでしょうし、この辺で終了したいと思います。これからお祭りの期間に入りますまで、また世界にこの町で食べられる美味しい料理を広める為、色々提案させて頂きます。本日はご足労頂いて、有難うございました」
丁寧な口上とお辞儀に、最初は軽んじていた(かもしれない)人々も、納得して力強く頭を下げた。
まずは第一弾のお料理大作戦は成功と見ていいだろう、とマリアローゼはそっと足置き台から降りる。
商会の料理長ダレンと料理ギルド長のソーレは早速、新しい飲物とデザートについての協議を始めていて、そこにシルヴァインも加わっている。
町の料理人達も興味深そうに、周囲に集まっていた。
マリアローゼはとてとてとユグムに近づいて、彼を見上げてもじもじと言い淀んだ。
「何か、ご要望でしょうか?」
ユグムはにっこり微笑んで、両膝に手を置いて、視線を合わせるように屈む。
マリアローゼはぷっくりと膨らんだ頬をほんのり染めて、頷いた。
「先程のね、凍らせたレモーヌ・アクアをお母様の昼食にお出ししたいのです」
「承りました。でしたら料理名も今名付けてしまっては?」
ふうむ、とマリアローゼは思案した。
レモーヌアクアは、王国の古語を組み合わせて、現代風に言えばレモン水である。
氷、雪、霙…どれがいいかしら?
音と文字数を考えて、マリアローゼは雪、という意味を付ける事にした。
「では、レモーヌ・ニエベと致しましょう」
「承りました」
ユグムは長身の身体を起こすと、早速料理へと向かった。
側に控えて話を聞いていたジェレイドが、ノウェムに指示を出す。
「僕は執務に戻るから、工房の報告は随時上げるようにしてくれ。あと、僕にもレモーヌ・ニエベを頼んだよ。それからレモーヌ・ソーダも」
指示を出して、出て行きかけた足を止めて、ジェレイドはマリアローゼを抱きしめて髪にキスを何度も降らせた。
「僕のお姫様、ローゼ。愛してるよ」
「存じ上げております、レイ様」
ユリアが怒りのオーラを纏って近づいてくると、ジェレイドはさっと離れて哄笑を残して扉から出て行く。
指示を受けたノウェムは、マリアローゼに近づいた。
「もし宜しければ、奥様のお部屋で一緒にご昼食を摂られては如何でしょう?お付の者達の食事も別室に運ばせますので」
「まあ!是非そうして頂けると嬉しいですわ」
小さな両手を胸の前でぱちりと合わせて、マリアローゼが嬉しそうに微笑むと、ノウェムもにこやかに微笑んだ。
ルーナも近くにやってきて、ぺこりと会釈をする。
「ではお嬢様、一旦お部屋に戻ってお着替えを致しましょう」
「ええ、ルーナ」
マリアローゼは楽しそうに頷いて、行きと逆の道順を観察しながら自室へと戻った。
胃袋を掴むのは大事なのです。
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