ルーナの警告
「まあ、貴方、まあ……ジェレイド叔父様の事が好きなのですね!?」
振り返った勢いにたじろいだシスネは、怒られると思いきや両手を握られた上に、とんでもない事を言われて、半ば混乱状態となった。
「い、いえ、どちらかといえば……嫌いです」
拗ねたような言い方が、言葉遣いも乱れた言い方が、何とも少女らしくて可愛らしく感じて、マリアローゼは微笑む。
恋愛かどうかは分からないけれど、先ほどの言葉は好意がなければ出ないものだ。
折角作った庭を前にして、それを見ずに海が見たいと言ったマリアローゼへの反抗心が感じられた。
「叔父上様の好意を無にするような言葉を言ってごめんなさい、シスネ。お庭はとても素晴らしいわ。わたくしも植物は好きだから、改めてお散歩に行きましょうね」
嫌いと言った言葉を無視されて、庭に可愛らしく誘われて、しかも謝罪の言葉までかけられて、シスネは更に混乱して頬を真っ赤に染めた。
「お嬢様が、お望みなら是非もございません……」
それだけ言うのがやっとだった。
ふんわりとした柔らかくて温かい手の感触も、今まで触れた事の無い感覚で戸惑い、シスネは何とも言えない混乱状態の心に、疑問ばかり浮かんだ。
(下僕の名前を呼び、素直に非を認めて謝罪する?貴族なのに?)
この場をラディアータに見られなかったことだけが彼女の救いでもあった。
「わたくし、家具を見て参りますわね」
マリアローゼはふわりとした手を放すと笑顔を残し、くるりと踵を返して寝室の家具を見て回り始める。
その姿を見送った後、シスネは改めて控えていた三人の従者に向き直った。
「こちらが侍女と侍従のお二人の部屋です」
室内にある扉の廊下に近い方を示されて、言われた二人は頷いた。
「奥は浴室となっております」
「分かりました。説明ご苦労様です。でも1つだけ宜しいですか」
静かに怒りに満ちた目をルーナに向けられて、シスネは頷いた。
「二度とあのような口の利き方をお嬢様になさいませんよう。主人の顔に泥を塗る事になりますよ」
「はい。出すぎた事を申し上げました。重々承知致しました」
シスネは大人しく、そして反省を込める様に深く頭を下げた。
年下だとしても、身分はルーナの方が上だし、自分の失言には自分が一番忌々しい感情を持っている。
もし、このような事がジェレイドの耳に入れば、直ちに「用済み」となるだろう。
「申し訳ありませんでした」
再度深く頭を下げて、マリアローゼの動向を見るが、ふわふわと優しく愛らしいようでいて、聞こえていたとしても使用人同士の言葉に口を挟まない。
それはただの優しいだけの甘い人間ではないという事なのだろう。
シスネは、改めてルーナとノクスとオリーヴェにお辞儀をした。
使用人同士の会話に頓着しないマリアローゼは、壁と一体化したように備え付けてある箪笥を覗き込んでいた。
それはもうパンパンにドレスが詰め込まれている。
普段着用、外出用、晩餐用、祝宴用と思われるものから、質素な服と部屋着まであって、マリアローゼはジト目になった。
(ここまで用意なさらなくても)
ただ、料理をするなら簡素な服の方が良いので、なるべく質素なドレスを選び出して、頭に被る布帽子も選び出す。
ふと気がつくと、話をしていた4人は別々に動き始めていて、真っ先にルーナが近づいて来た。
「お着替えを致しましょう、お嬢様」
「ええ……あっ!……レイ様に聞きたい事がございますのに、色々あって忘れていましたわ」
ルーナは頷いて、マリアローゼの服を脱がしながら進言した。
「それでしたら、後で厨房に立ち寄って下さるように伝言を頼みましょう」
「畏まりました。ラディアータに使いに出るよう申し伝えて参ります」
シスネがそう言って、静かに部屋を出て行くと、オリーヴェも近くに来てルーナを手伝い始めた。
長い髪も帽子の内側に納めて、質素なドレスに身を包んだマリアローゼは、頭身より遥かに大き目の姿見の前で、腰に手を当てながら満足げにきゅふん、と息を吐いた。
(これならお料理も完璧ですわね!)
裾は短めなので、短めのドロワーズと薄手のタイツも履いている。
暑さもあるのだが、汚れが付き難いように、半袖のシャツを選んだのだ。
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