便利ではなく物騒な道具です
思ったより早めに始まってしまった晩餐会の時間に押されて、読めなかった手紙の束を、部屋に帰ってすぐマリアローゼは読み始めた。
ディートリンデからは、気候の変動の所為か少し伏せりがちなので、フィロソフィ領で療養したい旨と、それを両親にも確認済なので手紙を出すと共に旅に出た事を報せる物だった。
「まあ……!」
文通だけでも勿論楽しかったのだが、実際に会えるというのは楽しみなものである。
そして、以前に教えて欲しいと強請った花の香りは、アーベル家の所領で採れる白い花、ヴァイストレーネという花の香りなのだという。
説明だけではなく、小さな木の筒が入っていて、蓋を取ると良い香りが辺りに漂った。
マリアローゼは大事そうに蓋を閉めて、引き出しの中に納める。
(とても素敵な香りですわ…)
うっとりとしつつ、ペンを手にしたマリアローゼはぴた、と動きを止めた。
(お手紙を書きたいけれど、ディートリンデ様はもう此方に向かっていらっしゃるのだわ)
うきうきしながら手にしたペンを机の上に戻して、次のエリーゼの手紙に目を通す。
エリーゼの手紙は、マスロでの植物の栽培は快く受け入れるという話だった。
今回の騒動で騎士団を派遣してくれた一つ、オクルス公爵家の所有する土地の一部がマスロである。
(オクルス公爵とは、現地でもお会いできなかったけど、別に御用事でもあったのかしら?)
モルガナ公爵家のマリウスは父と行動を共にしていたのである。
何も知らされていないというのは、知るべき事ではないのだろう、とマリアローゼは手紙に意識を戻した。
オクルス公爵家と、場所によっては王家の所有にかかる懸念もあるので、そちらにも許可を受けたという。
煩雑な手続きや税については、書面にして一度フィロソフィ領まで自ら訪れてくれるらしい。
(手続きが早いし、行動力がある!!!
もしかして、もう出発していたり、しないかしら?)
有り得る展開に、手紙を書く前に冒険者やその他の手紙を明日確認してからにしよう、とマリアローゼは頷いた。
最後に、優しい父からの手紙の封を開ける。
母や娘を思う言葉と、ディートリンデの逗留を許可した事に付いて綴られていた。
彼女は礼儀正しく、父にも別途手紙を出して許可を願ったらしい。
政治的思惑の無い間柄の友達というのは貴重なので、マリアローゼとディートリンデが望む限り逗留を認める旨が書かれていた。
「まあ…有難う存じます、お父様」
マリアローゼはぎゅっと手紙を胸に抱きしめ、深く深呼吸をした。
そして、早速父にだけ手紙を書くことにする。
旅での出来事……ええと、ジェレイド叔父様は猪討伐など獣害にも対応して偉い事、
それから、新しい従魔……の話はしない方が良さそうですわね。
渓谷の町に入る前の眺めが良かったこと。
双子の兄達がふざけてジェレイド叔父様が谷に落とそうとした事は黙っておきましょう。
領民達は元気で、家族を歓迎してくれたこと。
最後にお父様が恋しいと綴って、マリアローゼは手紙を終えた。
手紙に封蝋の判子を押して、お手軽封蝋を施した後、マリアローゼは立ち上がってルーナを振り返った。
「このお手紙、お願い致しますわね」
「畏まりました。では、お着替えを致しましょう」
銀盆の上に、マリアローゼの手紙を丁寧に置いた後、ルーナはマリアローゼを夜着に着替えさせるのだった。
幼女の朝は早い。
マリアローゼは今日もせっせと鍛錬に励んでいた。
ユリアとカンナとルーナとノクスに加えて、オリーヴェも参加を決めたらしい。
5人と一緒に散歩しがてら、羊のマリーとコカトリスの親子の様子を見て、庭でボールを使ったキャッチボールをして動体視力と敏捷さ器用さを上げる訓練をする。
「マリアローゼ様、縄跳びなんて如何です?」
「縄跳び?」
マリアローゼはユリアの言葉に首を傾げた。
(雨の日などに屋内でする運動としては良いかもしれませんわね……)
などと考えていると、ユリアは何処から出したのか鎖を手に、目の前で実演し始めた。
鎖跳びである。
「あの、それは随分物騒な道具ではありませんこと?」
風を切るビュンビュンという音が怖い。
(わたくしが足を引っ掛けたら折れてしまいそうですわね)
マリアローゼの問いかけに、左手に持っていた反り返って先端に鉤状の棘がついたものを、今気付いたかのように繁々と眺めてから、ユリアはニッコリ笑った。
「そうでもないですよー。これ、建物を登る時にも便利なんですよ。遠くに居る人を捕縛するのにも使えますし、こうやってー」
言いながらユリアは近くの木にそれを投げつけた。
バキィ、という音が鳴って、ユリアが鎖を引き寄せると木片と共にユリアの手の中に戻る。
「ね?」
(ね?じゃありませんわ。
それ服じゃなくて肉を持っていかれる道具じゃありませんの!)
捕まる人が捕まる前に命を落としかねないのである。
「持つ人によっては大変危険な武器になると分かりました。でも、普通の縄を使って跳ぶのは運動になりますわね。場所も取りませんし、雨の日には室内で運動する際に行ってみましょう」
マリアローゼが賛成したのを見て、一同が頷き、それぞれ朝食までに仕度を済ませるため部屋に戻った。
朝食の後は、城への移動である。
大荷物はいらないが、何時もの手荷物と、昨日手紙に同封されていた香水も用意をしているルーナに渡して鞄の中に詰めて貰った。
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