照れ屋の忍者
「フィデーリス夫人、申し訳ないけれど、ローゼを寝かせたいから馬車の乗員を代えますわ」
「用意を申し付けて参ります。お嬢様と一緒に乗られる方はどう致しますか?」
ミルリーリウムは一つ溜息をついて、答える。
「まずはシルヴァインとノアーク、そしてグランスとカンナを呼んで頂戴」
「奥様……」
おずおずと、ルーナが一歩進み出た。
「私も、床で良いのでご一緒させて下さいませ」
真摯な目を見て、ミルリーリウムはにっこりと微笑む。
「あら、床なんて駄目ですわ。貴女も疲れたでしょうから、ローゼに添い寝してあげて頂戴な。
その方があの子も安心して眠れると思うの」
「はい……奥様、有難う御座います」
ルーナはぴょこんと頭を下げると、マリアローゼを抱っこしたままのノアークの側に戻った。
「ノクスも、補助の椅子を用意させるから、一緒に乗って頂戴ね」
「畏まりました。馬車の用意を手伝って参ります」
一瞬、そちらの手伝いに行った方がいいのかと頭を巡らせたルーナは、小さな主人が自分の名を呼ぶ声に動きを止めた。
「ルーナ……貴女はわたくしの側に居て?」
「はい、お嬢様。お傍を離れたり致しません」
伸ばされた小さな手を握ると、マリアローゼはこくん、と頷く。
泣き出しそうなルーナの心配顔を見て、マリアローゼが小さく手招きをして耳に口を寄せて内緒話を始めた。
「わたくし、本当は元気なのですけれど、怒られるのが嫌なので、元気がなさそうに見える大作戦をしておりますの」
「畏まりました。過剰に心配しないように心がけます」
ほっとした雰囲気になったルーナは、強く頷き返してきて、マリアローゼもこくん、と頷いた。
ノアークは抱っこしているので勿論丸聞こえなのだが、特に何も言わない。
「でも、あの場は先に私が行くべきでした。お嬢様にお怪我をさせるところだったのです。侍女失格でございます」
「違いますわ、ルーナ。あれで良かったのです。貴女が怪我をしないで済んだもの」
「そんな、そんなのは、絶対、駄目で御座います、お嬢様」
ぎゅっと手を握る手に力を篭めるルーナに、マリアローゼは胸を痛めた。
まだ弱いと、気にしている事は知っているのだから、それを突きつける訳にはいかない。
そして、もう既に大分心労をかけてしまっているから、安心させてあげたい。
「心配させてごめんなさい、ルーナ。極力危険な事は避けるように努力致しますわ」
「……はい、お嬢様」
自分がどうなっても、マリアローゼが安全ならばそれでいいと思っているルーナも、それ以上は何も言えなかった。
力不足だから何も出来ないのに、マリアローゼに反論してはいけないのに、それでも我慢出来なかったのだ。
今は、二人の精一杯がなるべく危険に近づかない事なのである。
だが、はた、と気がついてマリアローゼは無言で二人の会話を聞いているノアークを見上げた。
「そういえば、お兄様はどこからいらしたのですか?」
マリアローゼからは右側にノアークが降って来て、左側の木々がグランスによって切り倒されたのだ。
グランスは見ただけで分かったが、ノアークの方は全然分からない。
「……茂みに入った後、ローゼの悲鳴が聞こえたから、枝に掴まって…次の枝に飛び乗って…見つけたから
飛び降りた」
それは、何と言う忍者だってばよ…
「そ……そんな事がお出来になりますの……?」
「……大した事じゃない」
ノアークはきょとん、として本当に大した事は無いと思っていそうなのだが、誰も彼もが出来る事ではないと思う。
マリアローゼはふるふると首を振った。
「ノアークお兄様は凄いですわ。体幹も筋肉も鍛えていないと、そんな事は出来ませんもの。
とても素敵です、お兄様」
褒めた途端、ノアークの顔が一気に赤面する。
顔を覆う手はマリアローゼをしっかり大事に抱っこしているせいで、使えない。
ノアークはふい、と顔を逸らして馬車の方に目を向けた。
「……そろそろ行こう」
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※下記のひよこのPixivから飛ぶと、自作のAIイラスト(未熟)で作ったキャライメージイラストがありますので、宜しければご覧になって下さいませ。




