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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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機会はない。絶対に

 近衛軍の敗走ぶりは、見事だった。薬が抜けて正常な思考を取り戻していた者たちは、逃げることすらできずに全てを投げ捨てて地に伏せ、命乞いをした。魂から堕ちていた者は、隣にいる同輩よりも先に逃げようと、互いに押し合い引き摺り合って散り散りに逃げたが、軒並み捕獲された。

 まともに武器を持って立ち向かった者は二割にも満たない。その彼らも、叩きのめされ縄を打たれては、仮初の不死であろうと無力である。


 平原に立つのがケルヴィン王子の軍のみとなったのは、真昼の頃だった。

 息をつく間も無く、援軍として合流した兵たちを左右に、隣国の軍は平原側の後方に配し、彼らは、夜更けにその門をくぐって出陣をしてきた王都に対して、陣を展開した。


 その陣中央にて。


「殿下、下がって」


 突如ルーディウスが叫び、ケルヴィンを乱暴に突き飛ばした。

 二人の間の地表に、重たいものが刺さる。

 矢が掠めたルーディウスの腕から、血がぼたぼたと滴り落ちた。


「矢。どこから」


 騒ぐ周囲をよそに、ルーディウスは城門脇の門楼閣の上を見た。胸壁の間に、際立つ体躯に煌めく金の髪の戦士が、見事な白銀の籠手を煌めかせて、弓に矢をつがえているのが見えた。


「楼閣上にオルヴェルト殿下が」

「オルヴェルト殿下が、ケルヴィン殿下を狙ったというのか」

「来るぞ」


 次から次へ、オルヴェルト王子から矢が放たれる。矢は過たずにケルヴィン王子に向かうので、ルーディウスはそれを剣で叩き落とし跳ね上げ、払い除け続けた。

 腕から血が舞い、いつまでも傷口があることに、周囲も表情を険しくした。


 やがて、飽きてしまったといわんばかりにオルヴェルト王子が弓を放り捨て、表情を変えぬまま淡々と、城の内外へと宣った。


「聖女アミナは投獄、国王陛下は気が触れて昏睡された。私が、国王代理である」


 オルヴェルト王子のこの宣言により、ケルヴィン軍は、王都の攻略を始める前に中断せざるを得なくなった。

 宣言をしたオルヴェルト王子が、そのまま楼閣から立ち去り、王都のあらゆる門を内側から封鎖させたまま、引きこもってしまったからだった。





 

 これは、埒が明かないな、とぼやくケルヴィン王子に、将たちは沈黙を返した。

 膠着状態となってから、既に二日が経過している。

 自分達の都を目の前にして野営をするなど、馬鹿げてはいるが、門が開かなくては何もできない。

 

「呑気なことをおっしゃる! 我らとて兵糧がいつまでも持つわけではない。兵たちが腹をすかせれば、略奪を禁じるのも限界がありますぞ! しかもこのままでは後戻りもできぬのだ。こうなれば、王都を速やかに攻略し、貴殿に即位していただかねば、我が国が敵国扱いされるのは必定」


 隣国の軍を率いてきた将たちも、今は作戦会議に参加するため、ケルヴィン軍司令部と共にここにいた。

 彼らは、後方に展開する隣国の軍への人質でもある、とはケルヴィン王子がこっそり言っていたことだ。急に兄上に通じて、挟み撃ちなんてされたくないしね、と。

 当のケルヴィン王子は、刺々しい言葉にも気を悪くする様子はなく、ただ飄々と肩をすくめた。


「そちらの気持ちもわかるけどね、いたしかたない。兄上の動向は誰にとっても予想の外だ。僕は、傍観なさるかと思ったんだが」

「……恐れながら、オルヴェルト殿下と事を構える事態になれば、私は、しかとお味方できるとは申せません」

「チェルク!」


 周囲に押し止められながらも、重たい口を開いたのはケルヴィンの側近の一人だ。隣にいた別の側近が殴りかからんばかりに飛びついて止めたが、その顔色もまた、優れなかった。

 ケルヴィン王子の側近たちは、皆、オルヴェルト王子にも仕えている者たちだ。国を憂え、今回の作戦に賛同したが、あくまで王子同士が対立しないことが前提という者も少なくない。


 一方、王子たちの政務には関与せず、軍の用兵にのみ特化した将たちは、王子たちの成人と共に選出され、それぞれの王子に固定である。その配下の兵士たちもだ。そのおかげか、今、迷いのある顔をしている将はいなかった。


「わかってる。それはわかっていて、声をかけたんだ。僕たちは、いつも一緒に過ごしてきた。僕だって、君たちと同じだ。兄上と敵対したくはないさ」


 ケルヴィンは鷹揚に手を振って許したが、その表情は晴れないままだった。


「兄上が父のような強権政治を続けるつもりがないとはっきり分かれば、僕は元の鞘に収まるさ。どこか遠方の土地に引っ込んだっていい。その方が気が楽だよ。けど、兄上は明言してくださらないから。振り上げた手を、今下ろしてもいいものか。

 ——いや、だって。父相手には、何とかこうして反旗を翻し、成功まで道筋をつけられたけど。兄上が暴君になったらと考えるとね。改めてこうして蜂起する機会すら与えてもらえるかどうか。王都を包囲する、その隙すらないかもな、ってね」


 弱気な発言に、しかし誰もが言葉を失くして押し黙った。

 共通の側近たちはもちろん、ケルヴィン軍の将たちもまた、オルヴェルト王子に近い位置にいると言えよう。軍人としての距離はさらに近い。

 容姿端麗、頭脳明晰、さらには極めて優れた身体能力と剣技を身につけた、完璧な男性、そう褒め称えられるオルヴェルト王子の凄まじい能力の高さを、実際に目の当たりにしてきた者たちでもある。


 だが、その誰も、オルヴェルト王子が今回どう動くかを読めない。それはつまり、今の国の在り方についてのオルヴェルト王子の考えを聞いた者がないということだ。


 誰も、オルヴェルト王子が国王の政を批判するのを聞いたことがない。

 けれども、近衛軍を嫌って遠ざけているのは、国王ですら知っていることだ。

 だがまた一方では、模擬遠征や害獣討伐先で近衛軍が略奪や暴虐を働いても、同行したオルヴェルト王子の軍は、静観するのが常だ。せいぜい、駆け込んできた者を保護することは、部下に任せるだろうか。近衛軍の兵たちは、オルヴェルト王子に面と向かって敵対まではしない。

 そうしていながら、地方の領主が怨嗟を飲み込んで送り込んでくる若者たちを、恐れることも蔑むこともしないのだ。


「オルヴェルト殿下は謎なお方よな。間違えていたらと思うと恐ろしくて、私は、この国を変えようとは思われませんか、と聞けなかった」

「それは、聞けぬな俺も」


 囁く側近らの経歴は様々で、王子たちの側付きになった時期もまちまちだ。


 本当に幼い時の悪童の付き合いがあった身ゆえに、ルーディウスは、オルヴェルト王子が中心となって、時に周囲を巻き込んで大掛かりな悪戯を仕掛けたり、秘密を共有してスリルを味わったりしたことを覚えている。

 謎の人物、とは思えない。

 だが、そう人に思わせる要因には心当たりがあった。


「オルヴェルト殿下は、あまり人に興味をお持ちでないのだ」


 ルーディウスにとっては、単なる事実である。人、ではなく人間と言い換えるべきかもしれないが。

 だが、天幕はざわついた。


「ルード、いくら君でも、ちょっと言葉を選んでほしいな」


 ケルヴィン王子は嗜める口調だったが、頷く側近もいる。

 淡い付き合いを好み、親しい女性もいないオルヴェルト王子が、ただ人に興味がないだけと考えると、違和感に説明がつきやすい。


 ただ一点、その性質に疑いを挟むとしたら。それは、聖女に対する態度だ。あまりに他に比して冷酷な態度をとるので、かえってオルヴェルト王子の聖女に対する思い入れを浮き彫りにしているように、人々には見えるのだが。

 ちらちらと、男たちはルーディウスに視線を送った。


「あー、ケルヴィン殿下、その、聖女様は本当に投獄されたのでしょうか」

「わからないな、情報がなさすぎる。封鎖直前になんとか出てきた密偵から報告があっただけだ。祈りの間から兄上が連れ去ったという話だけど」


 兄と対照的に、ケルヴィン王子は聖女アミナに対する興味が、特に薄い。それにしても、配慮のない言い様は、その場の注目を引いた。


「またオルヴェルト殿下の宮殿に引き込まれているのでしょうか」


 その言葉が生々しく響いて、周囲は思わず発言者を小突いた。

「兄上が聖女アミナを宮殿に連れて行っても、すぐに解放されていたらしいよ。情報通の貴殿も、それは知らないのかな? 兄上とアミナは、先代聖女を介して、アミナが子供の時から接点があったらしいし。兄上は聖女アミナを妹みたいに思ってる……んじゃないかな。虐めてもいい、妹。

 どうかな、ねえ、ルード」


 周囲はいよいよぎょっとして身を固くしたが、ルーディウスは表情を変えなかった。


「確かに、聖女アミナは先代の聖女様の宮に幼い頃から通っていて、たまにオルヴェルト殿下と鉢合わせたと聞いたことがあります。そう頻繁ではなかったようですが。――婚約は破棄しておりますので、私には今は関係のないことですが」

「なに、破棄だと?」


 開戦直前の夜会の騒動を耳にしていないものもいたのだろう。会議の場は再び騒がしくなった。


「そういえば、ルーディウスの方から婚約破棄を突きつけたと聞いたぞ。出陣前のバタバタした時だったから半信半疑だったが、本当だったか」

「私はてっきり、聖女様は婚約者のお前のために祈って、その思いが強過ぎてあんなことになっていたのかと……」

「先ほど密偵が言っていただろう。投獄された理由。誰も傷付かぬように、と命を削って祈られたらしいと」

「なんと、能力は恐ろしいほどだが、お優しい方だ」

「そうか、破棄か。では他の家にも機会があるのだろうか」


 ケルヴィンはうんざりした顔で手を上げて、それぞれの口を封じる。

 だが、一番側にいたルーディウスの口が、入れ替わりに開いた。


「ない」

「ルード? なんだ?」

「他の家に、機会はない。絶対にない」


 数拍沈黙が漂って。

 お前が破棄したんだろう、何を言ってるんだ、と怒号が飛び交い、ケルヴィンはお手上げとばかり苦笑して宙を仰いだが。

 その目に一筋の笑みもなかったことに、誰も気づくものはいなかった。

そろそろ更新が大変になってきたので、頻度を落としていきます。

ブックマーク機能をどうぞご活用ください。

全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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