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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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反旗

 ケルヴィン王子の軍は、王都の西、起伏が少なく見通しの良い平原に、王都を背に陣を構えた。ちょうど、平原の穀物は収穫を終えたばかり。農民たちは戦争の気配に、すでに跡形もなく逃げ去っているのを、ルーディウスははるかに見渡した

 西隣国の軍と互いに篝火を焚いて、睨み合う。戦いは、明け方に始まるだろう。

 

「うぜえな、あいつら」

「今は後ろより、前を向いてろ。お互い真剣なんだ。しくじるな、怪我するぞ」


 ケルヴィン王子の兵たちはよく統制がとれ、誰もがこれからしばらく命懸けの大舞台に上がらなくてはいけないことを、よく理解していた。

 夏を前にしたこの時期、夜は心地よい気候だが、座り込むほど油断はできない。それに足が固まるのを嫌がって、誰もが体をほぐしながら、徐々に気持ちを高めている。


 そのケルヴィン軍の背後、まるで退路を塞ぐように王都との間にだらりと広がって待機しているのが、国王直属の近衛軍だ。

 王宮での権勢を誇る宮廷貴族出身者が多く、馬も装備も最高のものを揃えた一連隊だ。だが、彼らは、今回は前に出る気は一切ない。好戦的な視線も、敵軍ではなく、ケルヴィン軍の背中に向いている。にやにやと笑いながら、座り込んで飲み食いをし、まるで観戦にでも来たような有様だ。

 彼らは本気で、味方が敗走してきたら、槍で突いて戻す気なのだろう。近衛の兵は薬物に溺れた貴族の子弟ばかりで、およそ弱い者たちを相手取った略奪や暴力行為にしか才能がない、とは、国中で囁かれる事実(こと)だ。

 近衛隊とは名ばかり、国のあちこちに派兵され、残虐で非道な行為を繰り返してきた彼らは、はっきりと、国の害悪だった。

 国への反逆となることをわかりながら、近衛隊に反撃する勇気ある者も少なからずいた。だが、やつらはいざとなると、不思議な力に守られる。その力を、聖女の祈りだと嘯いた近衛兵から、噂は火のように伝播した。

 近衛兵を憎む者が、この場にいない聖女をも憎むことがあるのは、そのせいだ。

 その不思議が解き明かされない限り、やつらを抑え切ることができない。徹底的に抑え込める算段が付かなければ、国王の名の下、反逆者の烙印を押されるだろう。それでは、勝てない。どれほどはらわたが煮えくり返ろうとも、やつらをのさばらせておく以外にはない。



 やがて空の端がわずかに明るくなり始め、ぽつり、ぽつりとある木から小鳥が一斉に飛び立つころ。

 両軍、騎士たちは馬の首を叩き、歩兵は槍の持ち手を握り直した。

 そして互いにほぼ同時に進軍の銅鑼を鳴らし、地を揺るがせて、ぶつかった。



 異常に気がついたのは、30分ばかり過ぎてからだろうか。

 15分も武器を振り回せば、どれだけ屈強な兵士でも動きが鈍る。だが、平原にいる誰もが、開戦のその時よりも、一層体力が満ち満ちていた。いくらでも槍をぶん回せるし、いくらでも走れる。

 15分も争っていれば、怪我をし、下手をすれば命を落とすものも大勢いたはずだった。だが、誰もが汚れ、衣服が裂けてはいるが、五体満足、むしろ開戦前に負っていた傷や病すら、徐々に軽くなっている気がしていた。


「おい、ちょっと待て。これはまさか……聖女の祈りか」


 戦の様子を遠目に見ていてそれを察し、ケルヴィン王子が狼狽えたのも仕方がない。王子の警護のために側に付いていたルーディウスもまた、困惑している。その戦場の誰も、聖女の祈りがここまで強く働いたところを見たことがない。だが、この国に奇跡は他にない。

 しかもだ。

 遠眼鏡で隣国の軍の様子を見て、ケルヴィン王子は眉間を揉んだ。同じ効果が、敵陣にもはっきりと出ていたからだ。


「これではまるで、血色のいい不死者の軍隊ではないか」


 もはや呆れた様子で、髪をかき上げる。

 今戦っている者たちは、戦場の効果で興奮しているのか、この異常を気にかけている様子はない。ただひたすらに、倒れない敵に打ちかかり、倒れない自分を不思議とも思っていないのだろう。


「相手方にも効果が及んでいてまだ良かった。だが、これではあまり時間を稼げそうにない。ルード、後ろの奴らに気づかれる前に、援軍を急がせてくれ」

「もう何度も伝令を送っています」


 王都の方角から、まだ何も気配を感じない。

 ルーディウスは、体が冷たくなっていくのを感じた。


 本来の予定では、ケルヴィンの軍と隣国の軍は、適度に被害を与え、与えられながら、時機を待つはずだった。ある程度血を流す者が出るのは、必要な犠牲だ。そうしなければ、最適なタイミングを掴む前に、近衛軍に気取られるかもしれない。

 そこから、国王あるいはオルヴェルト王子に伝わったら。


 オルヴェルト王子の行動だけは、長く側にいたはずのルーディウスにもケルヴィン王子にも読みきれず、不確定要素が多すぎて計画に組み込めない。なるべく彼からは、距離を置かねばならないのだ。


 それなのに、血も流れず、いつまでも元気いっぱいに騒いでいては、さすがに近衛兵か、戦場記録官あたりが不審に思うかもしれなかった。


「どういうことだ、ルード。お前、しっかり嫌われてきたんだろうな。少なくとも心に葛藤があれば、祈りの効果も薄まるはずだろう。もしかして聖女アミナはヤケクソで祈ってるのか? お前のために?」

「……」

「おい、こんな事態になってるのに、その緩んだ顔はなんだ」


 ルーディウスは片手で顔を隠した。

 確かに、そんな場合ではないだろう。


「殿下、隣国との作戦調整はお願いします」

「どうする」

「直接行って、援軍を引っ張って来ます」


 言いながら、馬を用意するように命じる。供はかえって足手纏い。装備も軽くするために、胸当てや兜を外し、頭から顔には厚手の布だけを被った。


「正気か。どこもかしこも祈りの影響を受けているなら、誰もが死なずの身だ。近衛の奴らに見つかれば、突破は容易くはないぞ」

「簡単なことです、殿下」


 鎧兜を外したルーディウスは、周囲の武装した騎士たちよりひと回り細身になった。だが、その分厚い胸板や腕周りは、兵士たちが羨むほど力強い。若干19のこの若者が、国の誰をも凌ぐ脅威的な強さを誇る男だと、この場の皆が知っていた。

 狼騎士に対抗できるのは、あのオルヴェルト王子の神懸かった強さしかないのだ。


 戦場の騒音の中で、そんな稀代の武人の声が強く響いた。


「どちらも祈りの恩恵を受けているのなら、対等です。対等であるなら、私は負けません」


 そのままひらりと馬に跨ると、払暁の中、夜に駆け戻るように走り去った。


全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半を中心に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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