狼は愛を返す
最終話、本日二話目です
よろしくお願いします
「――ていうか、チッピのことだって、聞いたぞ!」
「チッピってなんだっけ?」
「鳥だよ。コマドリだ。俺たちで世話をしていた、可愛い鳥だよ。兄貴が逃しちまっただろ。ルーディウスが死んでるのを見つけて、埋めてくれたんだって、親父が言ってた」
兄弟が一度にルーディウスを見て、交互に頷くので、居心地が悪い。
「ルーディウス、お前抱えすぎだ。俺たちまるで頼りにならないみたいじゃないか。チッピが死んだなら、一緒に墓作ったさ」
「ルーディウス、お前、一人で泣いたのかい? 大丈夫だった?」
ルーディウスは、年甲斐もなく、目頭が熱くなるのを感じた。失ったと思っていた兄弟は、まだ、こうして繋がっていたようだ。
昔から、自分は愚かにも、全て自分が抱えきれるつもりで抱え込んで、何も周囲を見ていなかったようだ。
「でさ、お前、聖女様にも同じことしたの? 婚約破棄だーって、夜会でやったんだって?」
後悔してもしきれないそのところを、兄弟は遠慮なく抉ってくる。
「……した」
「聖女様を守るためだった、と。突っ走った自覚あるの?」
「なかった。……いまは、ある」
「反省して、謝った?」
「……いや、反省はしたが、謝ってはいない。許してもらえる気がしない」
「でも謁見の間で、二人で抱き合ってたって人から聞いたけど」
「あ、れは、ただ、俺のわがままで彼女を助けただけだ。逆に助けられてしまった」
「それで、聖女様が去るのを、指咥えて眺めてたって?」
抉りすぎだろう。
胸を押さえて苦い思いで頷くと、兄弟が目配せをし合った。この二人だって、お互いにあまり会っていないはずだ。なのに、似ている。顔立ちも体格も、全く似ていないのに、妙に似ている。
「ルーディウスってさ、全然遊ばない身持ちの固いやつって有名なんだってね」
突然、レリックがそんなことを言い出した。
「アミナ様と顔合わせしてからしばらく、弟の婚約がうまく行くように、私はずっと見守っていたんだけど」
嫌な予感がしたが、意外と強かなこの兄を、今は一層止められる気がしない。項垂れて聞く。
「意外と、女の子への贈り物はセンスがいいんだよね。花もさ、最初は薔薇しか送ってなかったけど、そのうち自分で見て選ぶようになって、すごくいい花を贈るようになった」
「なんの拷問だ、これは」
「まあまあ。それでね、ルーディウスは、女性あしらいを何も知らないからこそ、多分アミナ様の好みを知るために、アミナ様をよく見てたんだよね。それって、人間関係構築の一番大事なところだけどさ、なかなか婚約者相手に素直に実行できないよ。誰にも助言をもらわず経験もなく、すごいな、と思ってたんだよね」
「もういい」
「いやいや、大事なの。そんなルーディウスから見て、アミナ様は、自分を守ろうとして暴走したおバカな婚約者のことを、そのことで見限ったり、するかな」
ふと、暗闇に、光が差したような気がした。
また、自分は大切なことを見落としていたのだろうか。
だが、その想像はあまりに自分に都合がいい。
「アミナ様に謝って、それから、婚約をどうしたいか聞いてみるのが、ルーディウスのすべきことじゃない?」
「彼女に、押し付けることにならないだろうか。それに……本当にひどい言葉をかけたんだ」
「なんだよ、悪いと思ったら謝る。基本だろ。ただ、びびってるだけだろ」
レリックが、ミゲルの足を蹴った。ミゲルは脛を抱えて痛がったが、どこか、あえて明るくしている空気がある。
「あのねミゲル。怖いもんだよ。失いたくないものなら、余計にさ」
「んなの、しょうがねーじゃん。婚約解消しましょうって言われたら、好きじゃなくなるまで、黙って好きでいるほかないじゃん」
「……え、ミゲル、お前、いい子だね」
「なんだよ」
ルーディウスは、立ち上がった。
ミゲルの言う通りだ。
まだ、アミナに拒絶されたわけではない。
ルーディウスはアミナに謝罪すらしていないのだ。許しを請う以前の問題だ。
至らないことばかりだ。人の心の機微にこれほど疎い不出来男が、アミナを求めてもいいのか、まだ臆病な心がある。
それでも、世界は、ルーディウスが思うほど無慈悲なばかりではないようなので。
可能性があるなら、まだ諦めたくはない。
奇跡を信じて、大切なものに手を伸ばしてみたい。
失うことを恐れるほどに大切な人の、そばに居たい。
もう、五日経っている。
今彼らがどこにいるのか、あの日どこへ向かったのか、まるで情報はないけれど。
心が求めている今、なんとなく、向かうべきところがわかる気がした。
「お、行くんだ。よかった。カークス陛下から厳しく焚き付けろって言われてたから。行っておいで、ルーディウス。帰ってきたら、アミナ様を連れて、カスティラ家に帰って来るんだよ。皆で一緒に、母上に婚約の報告をしよう。もちろん、ルーディウスの実の父君にもね」
ルーディウスは慌ただしく身支度を整えると、わずかな躊躇いののち、兄弟の肩を一度に抱いて。
そして、王宮を飛び出した。
どこに行けばアミナがいるのか、わかる気がする。加護の賜物だろうか。
それを信じて馬を駆り、アミナを見つけるまで、三日だった。
だが、それから幾日も、歯噛みをする思いでアミナとオルヴェルト王子を見守ることになるとは、思いもしなかった。
アミナの苦労を見ていられず、助けになりそうなものを探しては、オルヴェルト王子の影を介して差し入れる。アミナのために走り回るのは、どこか幸せだ。だが、それだけだ。
まやかしの甘さは、腹に溜まる前に舌の上で儚く消える。ずっと愛しい人の姿を目にしているのに、腹を空かせてばかり。
やがてたどり着いた国境近くの木立の中で、向き合った二人には、もうルーディウスの入り込めない絆ができているようで。
痩せ細った心が、軋んでひび割れた。
青い目から一粒だけ、雫が落ちた。
人は、淋しさで、壊れ得るのだ。
だから、オルヴェルト王子と影たちが、振り返りもせずに国境へと去っていくのを見ても。
ルーディウスはアミナに声をかけることができなかった。
声をかけて、アミナが振り向いて。
その顔が、予想できなくて。
情けなくも、足が凍りついて動かない。
それでも、目だけは離せなくて、ひたすら見つめ続けて。
ふと、不自然なほどあちらを向いたまま立ち尽くしているアミナの耳が、真っ赤に染まっていることに気がついた。
花に蝶が吸い寄せられるように、飢えた狼は、ふらりと一歩、踏み出した。
そこに咲く花からは、狼を誘う、愛しい甘い香りがする。
孤独だと思い込み、一人で踏ん張っていると思っていたのに、思いがけないほどの人々から、愛情をもらっていた。
その全てを、今は、目の前のこの人に、還したい。
そう思ったその刹那、ルーディウスは淋しさを忘れた。
金の髪を留めているのは、いつか差し入れた、黒檀の髪留めだ。
ほつれた髪がかかる白いうなじが、目に毒なほど赤みを帯びている。
今すぐに食らい尽くしたい。どこまでも大事にしたい。
狼は、その矛盾を飲み込んで、鋭い牙を宥めて隠し、慎重に、大切に、その名を呼んだ。
「アミナ」
本編、これで完結です。
二人はここからやり直しです。
ルーディウスがあまりに飢えているので、うまくいくなら超速でしょう…
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思いがけず長くなったお話にここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。
今朝まで燃え尽きていましたが、あまりにルーディウスが気の毒で、二人のその後を書いています。軽い内容になるので、完結ということに一度して、書き上がったら番外として載せます。よろしければその時はまた読みに来てください。




