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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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事態が変わった

 ラ・ラーナ公爵家の自分の部屋に戻ったアミナは、メイドに何とか夕焼け色のドレスの汚れを落としてもらうように頼み。

 けれどそのドレスから手を離す時に、気がついてしまった。


 このドレスは、もう、着られない。でもそれは汚れたからではない。ルーディウスに贈られたドレスだから、彼と別れてしまったら、もう着られないからだ。


 それから、ずっとアミナは泣いている。

 部屋へ集まってきて慰めていた家族も、もう言葉が尽きてきて、途方に暮れてそれぞれ座り込んでいた。


「アミナ、大丈夫か?」


 一番上の兄テセウが帰ってきた時にも、アミナはまだ不意に溢れてくる涙を布でしきりに押さえていた。瞼は腫れ上がり、琥珀の目が細くなってしまっている。

 それを見て、長兄テセウは恐ろしいほど眉を顰めると、くそ、と汚い言葉を吐いた。


「もう泣くな、アミナ。浮気男のことなど、忘れてしまえ」

「うわきおとこ? 誰のことです?」

「ルーディウスだ! あー、俺の執務室に恋人連れでやってきて、こういうことだから早々に手続きをしてくれ、ときた。お前は夜会の会場で、大勢の人間の前で、嫌いになったからと婚約を破棄されたんだろう?

 そんなのは嘘だ。なんのことはない、やつが、浮気をしてたんだ。浮気に嵌った阿呆が、婚約者を貶めてまで自分に非がないかのようなフリをして、都合の悪い関係を切った。お前には、何も悪いところなどない。あの、最低最悪のクズが、ついでに言えば、不器用で阿呆で頑固で間抜けなあいつが、全て、悪い!」


 言い切って、息を荒げている。国の軍本部医務局の要職にあるテセウは、兵たちと一緒に訓練にも出る。体力、そして精神力もある男が、それほど興奮しているということだ。

 アミナは、ぼんやり首を傾げてから、恋人?と呟いた。


「私、お兄様の執務室になんか行ってません」

「誰がお前だと言った。ルーディウスの恋人だ。あー、騎士団の誰かの妹だ、確か」

「私のお兄様には、騎士はいないわね」

「いないな。だから、いいか、ルーディウスの浮気相手だ。お前ではない」


 こいつ大丈夫か、という顔で、噛んで含めるように丁寧に説明してもらって。

 アミナは、ばたり、とその場で昏倒した。







「頭は打ってないと思いますがね」

「うむ、幼い頃は、叱られるのが辛くなると、気を失うように眠っていたからな。同じだろう」

「甘やかしすぎです。弱すぎますよ」


 枕元でぼそぼそと会話するのは、父と長兄の声だ。

 内容までは聞き取れなかったが、妙に気に障る。知らんふりをしてもう一度寝ようと思っていたら、鼻を摘まれた。


「アミナ、起きられるか。事態が変わった」


 長兄テセウの、硬い声。

 元々泣きすぎて鼻は詰まっていたので、鼻を摘む効果はあまりない。鼻水がついた、とテセウが手を拭っていたが、泣いていた妹の鼻を摘むのが悪いのだ。


「隣国が、攻め込んできた。——戦争だ」


 がばり、と起き上がった。

 さきほどまでと同じ部屋なのに、空気が違う。父と長兄は武装し、母と幼い弟は、動きやすい服装に着替えている。金属鎧に塗られた油の匂いがして、自分の部屋とは思えなかった。


「戦争、ですって?」

「防衛戦だ。形勢はよくない。狼煙が働かず、敵は都の西の平原まで来ている。第二王子の軍は、すでに都を出た。お前も、すぐに王宮に来るように、と迎えが来ている」


 とんぼ返りになるが、仕方ない。王宮には、祈りの間という特別な鉱石の結晶を設置した部屋があり、その結晶を通して祈ることで、国の隅々まで祈りを届けることができる。

 聖女は、戦時下には、王宮の祈りの間で祈りを捧げ続けなければならない。国を守るために、兵たちの無事のために、痛めつけられる土地のために、弱き人々のために。それが、アミナが先代の聖女であった祖母に教わったことだ。


「すぐに参ります。お母様たちは? ご一緒に王宮へ?」


 王宮が一番守りが手厚い。聖女の家族として、そのくらいの融通はきいてもらえるはずだ。

 けれど、家族は一度互いに顔を見合わせてから、硬い顔でいいや、と否定した。


「王宮に行くのはアミナひとりだ。心細いかもしれんが、耐えよ。聖女として、必ず皆がお前を守ってくれる。敵が退けば、すぐに迎えにゆく。私は軍本部へ。父上母上たちは、この屋敷で待機してもらう」


 屋敷には多くの使用人も入れる巨大な地下壕もあり、籠城してひと月も過ごせるくらいには備えも蓄えもあると聞いている。まして、今は、家督を半ば長兄に譲って普段領地に暮らす父がいる。夜会の時期でも、これは幸運だった。母と幼い弟だけを残さなくてよいのならと、アミナはすんなりと納得し、すぐさま、立ち上がった。


「ご無事で」


 無事を願いながら、家族の一人一人と抱きしめ合う。そして、王宮行きの馬車に乗った。


「アミナ」

「はい、兄様」


 名を呼んだのに、少しの間、テセウはただ静かにアミナを見上げた。そして、何度か言葉を選び直してから。


「私たちは、離れても家族だ。家族が自ら道を選んだなら、信じて見守る。それが良いと思う」

「え、どういうこと?」

「あとな、いずれ知るだろうから言っておく。あのクソ馬鹿野郎は、第二王子の軍と共に出陣したそうだ。いいか、あいつは、クソだ。人としても、男としても終わってる。お前を泣かしたんだから、それこそ最低だ。汚水にわくボウフラの方がまともだ。だから、お前はあいつのためには祈らんでいい。祈りの間のことは俺は詳しくないが、できるなら、全部忘れて、寝てしまえ。いいな。――祈る価値のない国だと、思わんか、お前一人に押し付けて」


 アミナが口を開くのを遮って、テセウは馬車の扉を閉め、御者に合図を出してしまった。

 離れていく兄と屋敷。

 言い知れない不安を抱き締めるように、両手を組んだ。



全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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