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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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王家の秘密

テセウ兄による、説明回

「いったい、どうなさるおつもりか、ぜひ伺いたい」


 アミナが地下牢から救い出されて、すなわち、王都が封鎖されてから、五日。

 テセウは、オルヴェルト王子の執務室でゆったりと後ろ手に手を組み、姿勢良く立って、そう切り出した。



 アミナの兄、ラ・ラーナ公爵家の長男テセウは、公爵家の家訓に従い医学の道を選び、今は軍本部の医務局次長を務めている。妹の身辺が落ち着くまでは、と明言しているわけではないが、婚約者も定めずに堂々と独り身だ。


 軍本部は近衛軍と王国軍どちらからも独立しつつ、両軍の運営監督補助を担う部署である。長期遠征に必要な補給や負傷兵への医療などの手配、果ては、有事の際の援軍派遣の臨時権限を持つのも、本部だ。テセウのいる医務局は、医官を統括し、その配属すら決める権利を持っている。

 ゆえに、軍務について、テセウはある程度王子たちに対等に物申すことが許されていた。

 テセウの上官にあたる医務局長も、軍本部の他の長官も、自分の親族を近衛軍に押し込みたい時くらいしか軍本部に顔も見せないお飾りばかりで、本部の実務はテセウなくして回らないのだから、なおさらだ。


 その上官たちは、当然、この場にも存在はない。今まで散々擦り寄っていた国王が拘束され、彼らの常識としては当然の流れでオルヴェルト王子に擦り寄った一人が、そのまま執務室から運び出され、王都のぐるりを囲む城壁の上から放り捨てられたのを知り、全員軒並み体調を崩したと、それぞれの自宅に引きこもっている。


 テセウは次々ともたらされる、引きこもり宣言や辞任願いを淡々と受け取りながら、内心は快哉を叫んだ。

 少し前に成立させていた本部規約において、上位の官職の者がいちどきに職務遂行が困難な状態になったときは、その時点で残っている最も上位職の者が一時的に決裁権を預かる、となっている。

 下剋上を公認しかねない恐ろしい規約が、何の追求も受けずに通ったのは、実質、採択の印を押しているのが、テセウだからだ。他人の印章を使っていたのを、自分の印章で事足りるようにするだけのこと。それを大手を振って宣言できる舞台が、整った。

 国と同じだけの歴史を持つラ・ラーナ公爵家として、極めて異例な強い権力を持つことになる、その覚悟もできている。

 あとは、その権力を誰のために、いつ使うか。それだけだ。



 王都の外の近衛軍は壊滅に近い状態となり、ケルヴィン王子の軍が王都の正門前に展開している。ルーディウスから聞いていた話では、もっと時間がかかる見込みだった。妹、聖女の切実な祈りがその予想を覆したことに、兄としては、言葉もない。

 テセウであれば、やさぐれて聖女の任など放棄しているだろう。今まで不当に祈りを搾取され、あたかも近衛軍の片棒を担いでいるかの様な噂を流された身で、そのくらい。可愛い反抗だ。むしろ、祈りを放棄して安全な祈りの間で守られていてほしい、と思っていたのに。まさか、全ての人間を救わんばかりに祈るとは。

 その心根が、もどかしい。同時に誇らしくもあり、複雑だった。


 だが、そこからは想定外の連続である。国王は拘束され、残っていた近衛軍は王宮から追いやられ、オルヴェルト王子の軍が、王都の門と同等の厳しい警戒体制をとっている。

 ケルヴィン王子は、ルーディウスの言葉を信じるのであれば、おそらくオルヴェルト王子に弓引く意図はないだろう。

 だが二人の王子が、王都の中と外で睨み合っているこの構図、王位継承をめぐる争いと受け止める者は多いはずだ。

 現に貴族たちは、どちらの王子が王となるべきかなどという、かねてからの議論にざわついている。そのうち先走ったものが、王都から放り出されているわけだ。


 だが、王家の秘密を知る者にとっては、問題の根幹は別のところにある。


 王家に兄弟がある時、国王は王太子を定めない。

 これは、兄弟の片方が悪狼オイケアの魂を持って生まれるため、と言われている。オイケアの魂を持つ王子は、成人後に徐々にその悪しき魂に導かれて破滅し、残る王子が王位を継ぐことになる。そうして建国の逸話をなぞり、オイケアの力を封じるのだという。

 その時が来るまでは、悪狼の魂を見分けることはできないため、王家の兄弟は極めて等しく育てられる。どちらの王子が即位してもよいように。そして過去の兄弟たちは、仕向けられずとも、双子のように常に行動を共にし、互いに互いを近しく置いて成長したそうだ。

 王宮侍従長の一門はもちろん、古くからの重臣たちは心得ている習わしだ。ただし、側近たる子息たちには決して知らされないこと。

 疑いを挟む者はいない。なぜなら、聖女がいるからだ。

 ラ・ラーナ公爵家にいつの代も生まれる聖女は、誰の目からも明らかな力を持ち、建国の逸話がただの物語ではないと、王国民に知らしめる。

 王家の兄弟いずれかに悪狼の魂が宿るという言い伝えも、真実味を増す。


 王宮勤めの官吏から始まった宮廷貴族や、身分の足りない世襲貴族たちが二人の王子たちに気を揉む中、世襲貴族の当主格の者たちが一歩引いて、常に彼らを等しく扱うのは、このためだ。

 どちらをどう支持しようとも、悪狼の魂は既にどちらかの王子に宿っている。すなわち、どちらの王子が王位に付くかもまた、すでに定まっている。

 テセウとて、二人の王子、どちらが残ろうとも、公爵家として支えていくつもりはあったのだが。


 テセウは、ちらりと執務室の暗がりに控える細身の男を眺めた。やはり、見知らぬ顔だ。

 目の前には、知る顔がいる。オルヴェルト王子の執務机の側に、地下牢で言い合った侯爵家の嫡男、王子たちの従兄弟にあたる男だ。名はカークス。次兄と歳が近いので、二度ほどラ・ラーナ公爵家へも訪れたことがある。このカークスは、別の日にはケルヴィン王子に付いていたことがあると、記憶している。


 冬の間に、ルーディウスから王子たちに感じる違和感について聞き知り、軍本部の諸記録と照らし合わせて、ひやりとした。

 この兄弟は、王家の秘史に何組も書き残されている王家の兄弟たちとは、違うのではないか、と疑った。

 のうのうと高みの見物をする高位の世襲貴族たちを尻目に、王子たちの身辺は、密かに大きく変革されていた。


 ケルヴィン王子とて、オルヴェルト王子の身辺から人を引き抜き、また所属する派閥も身分も気に留めずに好みの人材を身近に置こうとする傾向があると、王子たちの等しき扱いに苦慮する王宮侍従長が眉間を揉んでいたが。

 オルヴェルト王子の周りには、いつの間にやら、オルヴェルト王子だけの配下が増えているようだ。しかも、兵や、側仕えの格好をさせ、堂々と周囲に置いている。彼らは常に控えめで気配も薄く、誰かがその素性を疑わない限り目を引くこともなく、ケルヴィン王子も気をとめない――。


 これは、いつからだろうか。

 いつから、オルヴェルト王子は王家の兄弟の在り方を、逸脱しているのだろう。

 人としては、自然なことだ。いつまでも、兄弟と等しくは、いられない。

 だが、王家の過去の事例には、ひと組も、当てはまる例がない。

 秘史を辿れば、王家の兄弟はこれまで例外なく、兄弟に対して嫉妬深い。同じものを欲しがり、同じ人間を好ましく思い、同じことをしたがるはずなのだ。異常なほどに。

 


読みに来てくださって、ありがとうございます!

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全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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