そうか
本日二話目です
婚約して、一月経ったころ、ようやく登城を再開することにした。
幼い頃に選ばれた四人の側近候補はそのまま今も残っているが、以降、候補は増えたり脱落したりと顔ぶれを変え、今は八名が側近として二人の王子に仕えている。
王家の兄弟は、王宮において、おそらくは神経質なほどに特殊な配慮をされている。ルーディウスが幼くして王宮に通い始め、まず違和感を持ってカスティラ侯爵に話したのが、そのことだった。
王子たちは年子である。母王妃は弟王子を産んで間も無く、儚くなった。
以降、王子たちはまるで双子であるかのように、同じ乳母、同じ侍従たちに、等しく扱われ、育てられたという。与えられる衣類の質も形も、道具、食器、家具も、すべて同じものを。同じ生活、同じ環境、同じ配慮。
側近候補もまた、二人の王子に等しくに使えるようにと、厳しく言い渡された。
それが、今も続いて、側近八人は輪番でそれぞれの王子に日替わりで仕えている。
だがそれから年を経て。いつからか、ふとした時に感じる違和感がある。昔感じたものとは、逆方向の違和感だ。
かつての王子たちの周辺にはなかった緊張感を感じることがあるのだ。変わってしまった、何かがある。
たとえば八人の側近たちの中にも、仲の良し悪しはある。初めから常に一緒だった四人の仲は好悪を超えて特別だと感じるし、それ以外に個々人の相性もある。仕事には影響させないが、その感覚は、消えることはない。これは、人間にとってごくありふれたことだろう。
そんな些細な人と人との距離感の差が、側近たちと、それぞれの王子たちとの間にも当然あったが、それは当人たちや周囲の繊細な気遣いによって、表に出ることもなく解消されてきた。
けれどオルヴェルト王子とケルヴィン王子は、兄弟であっても、当然別個の人間であり、成長と共にその個性ははっきりと表れてきている。同じく成長した側近たちが、彼ら二人とまったく等しい関係性を築くことなど、幻想でしかない。
ましてこの国は今、爛れきった国王の政治が、次代に引き継がれるのかどうか、誰もが気が気ではない時期だ。
兄弟の扱いを定めた誰かは、こうした変化を、把握しているのだろうか。
いつまで、兄弟だからと形骸ばかりの等しい扱いを続けるのだろうか。
いずれ彼らのうちどちらかが継ぐ国王の座は、一つしかない。
「ん? ルーディウス、ルーディウスか。お前、今ごろこんなところで何してる?」
ケルヴィン王子の宮に入る手前で声をかけられ、ルーディウスは振り返った。初めに側近候補に共に選ばれた一人、伯爵家三男のロイブンは、近衛隊に入るか側近になるか、最後まで迷ったと言って憚らない、気位の高い男だ。
彼は、オルヴェルト王子により寄り添った態度をとる。
「何とは? 今日から登城を再開すると連絡したはずだが。今日はケルヴィン王子の側付きの担当だ」
「お前、ちょっとこっち来いよ」
苛立つロイブンの相手をするのは面倒臭さそうだが、断るのもまた面倒だ。ルーディウスがついて行くと、宮からは死角になる場所で、ロイブンは頭を掻きむしった。
「お前、アミナ様と婚約って本当か? いや、いい、近衛の奴らが散々騒がしくしていたから、クソッタレだが事実だろう。だがそれならなぜオルヴェルト殿下に報告に来ない? 来てないよな」
「確かに行かなかったが」
「そうだろう」
「だが、行く理由がない。相手は聖女の立場にあるとはいえ、あくまで個人的なことだ。他の皆も、殿下方への婚約の報告は、何かのついでの時だっただろう?」
「お前……オルヴェルト殿下がアミナ様に特別な態度を取られるのは、知っているだろう」
知っている。
聖女アミナが城から下がり、やがて成人して夜会に出るようになった頃。
オルヴェルト王子と聖女アミナとの確執が疑われるようになった。
オルヴェルト王子が夜会で聖女アミナを罵倒し、会場から追い出すなど、王子に心酔する令嬢たちですら青褪める酷い仕打ちが、たびたび目撃されたからだと聞いた。時には、お忍びで街に出た時に遭遇し、言いがかりのように声をかけて宮に連れ帰ったとも聞く。
ルーディウスは夜会を避けていたこともあり、一度もそうした場面を見てはいないが、かつてのあの王宮での一件を思い出す。オルヴェルト王子を知る者はさぞ目を疑っただろう。
だが、二人の確執が面白半分に囁かれたのは、いつも事件後の僅かな間だけ。
オルヴェルト王子の前で聖女アミナを蔑んだ宮廷貴族や、その子息子女が、不快だと、王子本人によって城から放り出されるまでのことだった。
人びとは、混乱して、二人の確執説は表面上立ち消えた。
代わって密かに囁かれたのは、オルヴェルト王子の歪んだ恋情とやらについてだった。聖女アミナを愛しているのに、素直になれないのではないかと。あの罵倒は、苦しい恋の裏返しだというものだ。
これも、熱心にその説を推した未亡人を、オルヴェルト王子は、わずらわしいと、無感動に王宮出入り禁止にした。
以降、二人について王宮で口にする者は、誰もいなくなった。
昔王宮の渡り廊下でのやりとりの後も、似たことが起こったと思い出す。
オルヴェルト王子が、まだ幼い聖女を蔑み罵って、あげく無理矢理宮殿に連れ込む。その暴挙に、側近候補たちは衝撃を受けたが、それよりも、その行動の意味を熱心に推測した。
行動の良し悪しは別として、特定の誰かにそのように特別に声をかけ体に触れることなどなかったオルヴェルト王子の振る舞いに、少年たちの中でも意見は割れた。
次期聖女とは名ばかりでアミナの本性がよくないのを、オルヴェルト王子が見抜いたのだと決めつけた意見もあれば、意外と初心なオルヴェルト王子の好意の裏返しではないか、というロマンチックな意見まで。
だがオルヴェルト王子の前で、アミナの品性を疑うという発言をした側近は、即日オルヴェルト王子によって遠ざけられた。それだけではない。オルヴェルト王子の初恋疑惑を語った少年もまた、同じくその日のうちに騎士団へと放り込まれた。
以降、側近たちはアミナについて、そのお名前すら、オルヴェルト王子の前で口にしなくなったのだが。
内心ではこのロイブンのように、それぞれに思うところがあったらしい。
「ほんと、早めにご報告に行けよ。口頭でご報告すべきだ。今行け、今。今ならオルヴェルト殿下も手が空いてらっしゃる」
口うるさい同僚が面倒で、ルーディウスは大人しく従った。
ロイブンの言う通り、珍しくオルヴェルト王子は自宮の執務室にいて、これもまた珍しく、香のよい葉巻を愉しんでいるところだった。
「ルードか、久しいな、狼」
「長らく休みをいただきました。今日より、復帰いたします」
「婚約したのだったか」
「はい、聖女のアミナ・ラ・ラーナと」
特にオルヴェルト王子の気配に変化はなかった。
そうか、と短い応え。
「聖女の守護者になったなら、狼らしくどこまでも張り付いておくといい。神話らしいじゃないか」
揶揄するようで、ひどく静かなその言葉をそのまま受けて、任務に向かうために下がったのだった。
その静かなつぶやきは、普段のオルヴェルト王子そのまま。
だが、アミナに関わることとしては、静かすぎる態度だった。
その静けさが、どこかルーディウスの心に引っ掛かかった。




