え、私の色?
社交もせず淑女教育も受けず、祖母の元に通っていた頃のように、聖女について思索し、厳選された令嬢たちとだけ交流を楽しむ。そんな、穏やかなかわりに狭い世界での生活は、婚約を機に大きく変化した。
アミナの生活に、ルーディウスとの予定がぽつりぽつりと書き込まれた。
婚約は一年。来年の夏、花盛りの時期に、婚姻の式を挙げる。
ルーディウスの訪問は、婚約者としては適度な頻度として、二週間に一度と予定された。
初めての訪問は三日後だ。
昨日はその予定の確認の短い手紙が来た。
質は良いが素朴にも見える、白一色の便箋と封筒。添えられた薔薇だけが、色付いている。
きっと周囲に助言されたのだろう。婚約したら手紙に花を添えるように、と。
真っ赤な花が、ルーディウスにそぐわない感じがしたけれど、ただ嬉しかった。
「疲れたからしばらくは休みたいと、部屋にこもって母上を困らせていると聞いたのだが」
形ばかりのノックで入ってきた長兄テセウに、アミナは布と針を横に置いて、体を伸ばした。ずっと同じ姿勢でいると、体のあちこちで何かが澱んでいる気がする。
珍しく長兄が家に帰って部屋を訪れたのは、母に不満をこぼされたかららしい。もしかすると、様子を見に行けと言われたのだろうか。そこまで母親が気にしていると思っていなかったので、アミナは少しばつが悪かった。
「お母様とは昨日も一昨日もその前もご一緒したのよ。家にいると今度はドレスや宝石を選ぶのに長い間かかって。私の用意をしてくださってるのだもの、有難いけれど、少し休憩したかったの」
「ははあ、母上はそんなに張り切っておられるのか」
「お母様だけではなくて、お父様もよ。鏡台に衣装箱に、馬車も作らせようかって。結婚後に馬車がいる生活をするかしら。私、小さなお家で自分でお料理をしてみたいわ」
淡く微笑んだテセウは、次兄とは違い、妹の夢を無碍に壊すことはしたことがない。ただ、明らかに年長者ぶって、妹に必要と思うことを話してくれる。この時も。
「すべて近隣領地の名産だ。害獣の被害が大きいところも、領主が急死したところもある。せめての援助になるだろうし、聖女に使ってもらいたいと言ってくれるところもある。嬉しそうに受け取って周囲に示さねばならない」
体をほぐしついでに、兄に茶を入れて勧めつつ、アミナはしばらく考えてから、こっくりと頷いた。
「わかりました。有り難く良いものを用意していただくわね。大きなお屋敷でも、お許しさえいただければお料理だってできるしね」
アミナは本気でそう思っているのに、愉快そうに、テセウは声を上げて笑った。
「それで、本当はなんで引きこもってるんだ? これのせいか?」
「あ、待って見ないで」
さきほど脇に置いた布をしげしげと覗き込む長兄を押しやりながら、つい顔が熱くなるのを感じた。
王宮では長兄の恋の噂も時々耳にしたけれど。アミナは不慣れなのだから、気を利かせてほしかった。
「父上にもこの兄にも、縫い取りなどしてくれたことはないのにな」
「もう、ルード様が来られるのは三日後なのよ。時間がないから、今はやめて」
婚約者として初めて家を訪れる男性を迎える時は、布の小物を贈るといい、と友人に聞いて、アミナもやってみようと思い立ったのだ。
ルーディウスの花を見てこそばゆい心地になったのは、そうして不慣れなことをしているのが、自分と同じかもしれないと思ったから。それはくすぐったくて、奥の方で何かが動くような、不思議な気持ちだ。
それなのに、母と父に連日構われて、時間を取れずにきてしまった。今日は朝から部屋を動かず、ひたすらに針を動かしていたのだ。
「何の絵柄にしたんだ。やっぱり狼か?」
「や、め、て」
睨んでもむくれても、長兄には効果が薄い。これが次兄なら、悪かったよ、とすぐに降参してくれるのに。幼い頃とはまるで逆だ。次兄は領地で、いずれ継ぐ予定の都市の経営を学んでいて、王都にはいない。
さんざん揶揄ってからようやく帰っていった長兄を見送り、アミナはさて、と布を撫でた。母には長兄からバレてしまうかもしれない。恥ずかしいけれど、今後助言をもらいやすくなるので、それはそれでいいとしよう。
布小物、といっても仕立てる時間はないので、シフォンタイに縫い取りをするくらいになる。
最初に、布を選んだ。タイだから絹だ。肌あたりのいい織で。嫌な匂いのしない染め。
色は。
そこで、商会が持ってきてくれた色見本を繰る手が止まった。
ルーディウスの色。
まずはあの、狼のような青灰の目。少し日に焼けて褐色がかった、滑らかな頬。くっきりした眉と短めに揃えられた髪は黒。
……やっぱり、青かしら。
それとも、黒い布に、青い糸かしら。
想像のルーディウスの首もとに、そっと布をあててみる。どちらも似合いそうだが。もう一色、差し色があってもよいかもしれない。金色の刺繍も、似合うかもしれない。
青い布を広げてもらって、黒い糸と金の糸を並べてみた。なかなかよい。
静かに控えていた商会の女性が、控えめに助言をくれた。
「お相手の方のお色は青でしょうか? お嬢様の髪の色も入って、とても印象がよいと思いますわ。素晴らしいです」
「え、私の色? あ、金の糸」
そんなつもりはなかった。想像もしなかった。
けれどそこで突き返すのも惜しい気がして、結局アミナはそれらを買い求めた。
全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。
エピソードも話の流れも変更はありません




