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【完結】孤独な狼は愛を返す:たとえ惨めに打ち捨てられても、貴方のために祈ります  作者: 日室千種
 

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目が狼ですのね

「聖女アミナ様」


 会ったばかりの青年が躊躇いながら呼んでくれたので、アミナははい、と返事をして、それから「アミナとだけ呼んでください、ルーディウス様」と言った。


 すると、「私があなたを呼び捨てにするわけにはいきません」と、戸惑った様子で言うので、「私はルード様とお呼びしたいので、一緒に呼び方を変えてくださると嬉しいです」と願って。


 そうして、婚約者となって初めて顔を合わせたルーディウスと、お互いに小さな一歩を歩み寄れたと単純に喜んだけれど。


「わかりました。……アミナ」


 耳に慣れない掠れ気味の声でそんなふうに呼ばれて、自分で願ったくせに気恥ずかしくなって俯いてしまった。手を伸ばしても届かない距離で、アミナに付き合ってか、ルーディウスもまた森の大樹のようにただ静かに立っていた。

 息を、吸って、吐いて。ようやくアミナは、音にもならない、息だけのような小さな返事をしたけれど、ルーディウスには届かなかったかもしれない。





 祖母が亡くなってから、二年。成人してから、一年。

 アミナは、それまでルーディウスと会話を交わしたことはなかった。

 そんな接点のない青年と、婚約せよ、と国王が言い出した時には、ラ・ラーナ公爵家の面々は渋い顔をしていた。

 ルーディウスが不満なわけではない。代々聖女の嫁ぐ相手は、聖女自身が決めるのが慣例だったからだ。


 亡くなった先代聖女、アミナの祖母もまた、ラ・ラーナ公爵家領内の都市を任された子爵だった相手を選び、ラ・ラーナ公爵家から嫁いだ。その婚姻を機に伯爵へ陞爵となったが、領地は変わらず、そこで夫が亡くなるまでを過ごした。


 聖女は血では決まらない。

 どんなに血が濃くても、嫁いだ先の家には聖女は生まれない。

 聖女は、必ずラ・ラーナ公爵「家」に生まれ、強い祈りの力を持っている。


 アミナの母は聖女ではなく、幼馴染のように育ったラ・ラーナ公爵家の従兄へ嫁して戻り。その三人目の子が、まだ母親にすら存在を気づかれていないような時期に、祈りの力を常に発していたことから祖母に見出された。それがアミナだ。


 聖女でも聖女でなくとも、婚姻には本人の心を重視することで家を継いできた公爵家では、国王が相手を定めるということに、強い拒否感があったのだ。

 そもそも、聖女は王家と近づきすぎてはならない、というのが、ラ・ラーナ公爵家に伝わる絶対の戒めである。ルーディウス自身はともかく、王子たちとの距離が近いこともまた、気になった。


 だが、この時すでに国王は誰の諌める声をも聞かなくなって久しく、国王の私兵と成り果てた近衛軍が国の内外で好き放題をし始めており、成人して数年の王子たちは抑止力になり得ず、大きな武力を持たないラ・ラーナ公爵家が、正面から申し出を跳ね除けられる状況ではなかった。

 家族は渋々ながら、アミナとルーディウスとの婚約をカスティラ侯爵家とともに整え、そしてようやく、二人の初めての顔合わせとなった。




 アミナがルーディウスについてその時知っていたのは、名前がルーディウス・カスティラということ。年は二つほど上の18。侯爵家の次男で王子たちの側近であるが、騎士として、とても強いこと。


「狼騎士と称されるほどらしいよ」


 狼は、建国王の力の源とされるので、よほどの豪傑にしかそのような二つ名は与えられない。名誉な称号だ。

 けれど、長兄がそれを躊躇いがちに告げてきた。おそらく、アミナを慮って。


 祖母が起き上がれなくなった頃から、聖女としての祈りはアミナの務めになった。新年を祝う時、そして国王から要請を受け、害獣討伐や模擬遠征などで軍が動く時に、一人静かに祈りの間に赴く。

 国のための聖女の祈りは、軍の誰とも会うことなく、ひっそりと行われるのだ。


 定期的に訪れる王宮は、この二年で様変わりした。

 近衛兵や近衛騎士という名の無頼な輩が、我が物顔で王宮を歩き回るようになった。建物は汚れ、あちこち破損し、汚物が散見されるようになった。侍女や侍従は怯えて仕事を辞し、辞せない者はひたすら身を隠しつつ最小限の仕事しかしない。官吏たちも、暴力を受けることを恐れて身を潜めるか、逆におもねって擦り寄り、同じ暴漢となるかだ。


 国王はそれを放置している。いや、興味がないのかもしれない。王妃も亡く側室もなく、執務の大半を王子たちと機に乗じた奸臣に任せきり、自宮から出てこない。耳を傾けるのは、お気に入りの宮廷貴族の何人かのみ。


 祈りのために呼びつけられたときは、まず王の自宮に設けられた仮の玉座の間で、国王に祈りの目的を復唱させられた。

「害獣を遺漏なく駆除し、辺境の荒廃した地に王家の安寧の手をかざすため、隊の勝利をお祈りします」

「遠征の道中がつつがなく、また土地土地の祝福を受けられるよう、隊の勝利をお祈りします」

 アミナの復唱を聞くと、満足そうに頷いて、祈りの間へと送り出すのだ。


 国王が重用するアミナに、さすがの近衛たちも無体を働くことは自重したらしかった。だが、祈りの間まで送り届けられる間に、扉を蹴り開け、侍女に向かって口笛を吹き、すれ違う隊員とニヤニヤと笑いながら会話を交わし、侍従の持っていた誰かの軽食を取り上げて食し、抗議した侍従を窓から突き落とす。

 あげく、アミナの手助けをするふりで、体に触ろうとする。


 そんな王宮の有様を見ているアミナの中で、兵士や騎士といった人物への不信感があってもしかたない、と、そう長兄は心配したのだろう。


 けれどアミナは、意外とたくましい。そもそもあれほど下劣な彼らを、騎士だなどと、欠片も思ったことはない。

 聖女が祈る内容は誰にもはっきりとはわからないからと、隊の勝利は祈らずに、隊や遠征地の皆の健康と幸運とに、祈りを変えた。

 あらかじめドレスの下に革のコルセットをつけて、触れた感触に首を傾げる兵士を心の中で馬鹿にした。

 その爪先を、よろけて思い切り踏んづけたのは完全に偶然だったが、兵士は歯を剥いて怒りつつも手を出せず、痛みに涙していた。

 怪我をした侍従には、助け起こすふりで癒しの祈りをかけた。

 ……護衛たちの心労は増しただろうが、後悔はしていない。


 一度だけ、国王に祈りの効果に疑問を投げかけられ、気分を害したように玉座の間に近衛たちと共に取り残されたことがあった。

 閉ざされた空間。

 その時、周りを取り囲んだ近衛兵たちの目は、騎士どころではない。荒んで、相手を見下し切って、何をしても自分達が優位にいると信じる、酩酊したかのような深みのない目。

 あの時、彼らはアミナをどうしようと思っていたのだろうか。

 偶然にも国王に面会に来たオルヴェルト王子が、邪魔だと彼らを散らしてくれた。

 助けてくれた、と言えなくもない。けれど王子は、底の浅い考えなしのせいで護衛は苦労をする、というようなことを忌々しそうにアミナに言い捨てて、不在の国王に舌打ちをして出て行ったので、目も合わなかった。


 ともあれ、今だにアミナの中で、騎士といえば高潔な存在で。

 まして、大好きな絵本に出てくる建国の金の狼を連想させる狼騎士と聞いては、ソワソワしてしまうというものだ。


 アミナは家族で一人、意気揚々と顔合わせに臨んだ。


 待ち合わせ場所に一人で待っていた青年は、背が高かった。肩幅も広い。けれどどこか、顎の線や首元あたりに、まだ線の細さを残していた。

 侯爵家の次男としての正装は、その体格と姿勢の良さによって文句なしに素晴らしいのに、本人は窮屈そうにしている。髪をきっちりと撫で付けられているのが気になるらしく、何度も手で触れそうになっては、握りこぶしにして凌いでいた。


 王宮では珍しい、黒い髪だ。


 狼騎士と言うからには金の髪をしているものだと思っていたアミナは、驚いた。

 驚いたのは、青年を覚えていたからでもあった。王宮で、ある日突然オルヴェルト王子に並び立つようになった、背高の少年だ。

 彼が、ルーディウス・カスティラだったのだ。

 狼騎士と称えられる王子たちの側近。


 オルヴェルト王子とルーディウス、二人が並ぶ姿を思い浮かべて、アミナはどうしても、彼が狼騎士と呼ばれる理由を知りたくなって、挨拶もせず、物陰からじっくりと彼を眺めまわした。

 オルヴェルト王子の金の髪。勇猛な武人としての評価。

 金の狼といえば、オルヴェルト王子の方が似つかわしい色をしている。

 けれど、狼騎士と称されているのは、ルーディウスだ。その理由が、なにかあるのだろうか。あるに違いない。


 それこそ穴が開くかと思った、と、のちに彼自身から聞いた。

 視線に気がついたものの、物陰に隠れているつもりで中腰でいるアミナに、どう声をかけていいのかわからず、ルーディウスはしばらく羞恥に耐えていたそうだ。

 貴族令嬢という存在に馴染まないできたルーディウスには、アミナの行動の意味がまったくわからなかったらしい。


 顔合わせというからには、双方の後見人も、仲介役も、周囲には大人が大勢いるのだが。アミナの行動を、周囲は皆見守るばかり。大人たちの気配をはっきりと感じ取っていたルーディウスにとっては、針の筵であった。

 やがて、誰も間に入るつもりがなく、紹介もしてもらえなそうだ、面白がられている、とわかると、ついにルーディウスはぐしゃぐしゃと髪をかき回し、一度肩を上下させてから、くるり、とアミナを振り返った。


「何か、ご用ですか」


 紹介も受けていないので、ルーディウスがかけられる言葉など知れている。


 一方、振り返ったルーディウスと目が合って、アミナはハッとした。

 真っ直ぐに突き刺さってくる、青く透明な目。少し灰色がかった色合いは、確かにあのお気に入りの絵の狼とよく似ている。


「あ、あの、狼騎士と称される方とうかがって、てっきり金の狼かと思っていたのですけど」

「……はあ」

「でも、目が狼ですのね。私の宝物の狼と、よく似ています。あの」

「……はい」

「私、アミナ、と申します。仲良く、してください。よろしくお願いします」


「……聖女アミナ様」


 そんな会話から始まった初対面の時、アミナはまだルーディウスのことを何も知らなかったのだ。

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全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。

エピソードも話の流れも変更はありません

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