今後一切の祈りをやめ
二人の王子の宮殿は繋がりあった対称的な構造をしていると聞いたことがある。
迂回せよと言っていたオルヴェルト王子は、王子たちの宮殿の敷地からアミナを追い出すのではなく、途中で道を折れてその宮殿の左手の棟に入ると、中庭に面した小さな部屋にアミナを放り込んだ。
小さめの部屋だ。寝室にするには少し手狭な。窓は人が通れない幅の縦長のものがみっつ。そして床にも壁にも棚にも、何やらとりとめもなく物が無造作に置かれている。
オルヴェルト王子はここでアミナから手を離すと、すぐにどこかへと去ってしまった。躾も何もない。視線すら合わなかった。
ぺしゃりと床にへたりこんでいたアミナは、以降部屋の外に気配が戻ってこないのを確認すると、きょろきょろと辺りを見回した。
不要な品を突っ込んでおく物置部屋かと勘繰ったが、部屋は掃除が行き届いており、空気も綺麗だ。
さらには、後から年嵩の侍女がひとりやってきて、美味しいお菓子までくれた。オルヴェルト王子が指示を出したはずはないから、その侍女の独断だと思われる。
そして、菓子を食べ終わる頃に祖母の宮殿から迎えがきて、アミナはあっさりと帰らされた。
そこが、アミナがたびたびオルヴェルト王子に押し込められることになる部屋だった。
春が来る前に祖母が儚くなり、祖母の遺言もあってアミナは王宮に上がらなくなって。もうオルヴェルト王子には会わないと思っていたのに。
夜会で、あるいは思いもかけない街の一角で、遭遇しては睨まれ、遠ざけられ。そしてなぜか時々、腕を掴まれて連行され、この部屋に放り込まれた。
その意図が全くわからないアミナは、そこをお仕置き部屋、と勝手に呼ぶことにした。
アミナは、お仕置き部屋はそう嫌いではなかった。勝手に連れて来られるのは困るし、たいていの場合、その前に罵詈雑言を浴びせられるのには傷つくし腹も立つが。
お仕置き部屋でいただくお茶とお菓子は美味しく、狭い部屋の中で統一感のないガラクタに囲まれて床に座っているのは、雨の日に窓辺で雨粒の音に聞き入る時のようで。
独りで、静かで、始まりも終わりもないようで。
装いが不似合いだと嘲笑われたり、飾りをむしり取られたり、どんと押しやられて会場から追い出されたりするよりは。まあ、比較的いいかな、と、のんびり受け止めていたのだ。
侍女から、そこがオルヴェルト王子の気に入りの玩具を隠す部屋だとそっと伝えられても、玩具だなんて、と腹を立てずには済んだくらいには、受け入れていたのだ。
今日も、地下牢で抱え上げられたままお仕置き部屋へと連れてこられ、アミナがどちらかといえばホッとしたのは、そういった経緯があったからだ。
出迎えてくれたいつもの侍女が、とても狼狽えた顔をしていたのは、新鮮だった。アミナの怪我に驚いたようだ。すぐに手当をいたしましょう、と言うのを聞き届けると、オルヴェルト王子が例のごとく、すぐさま立ち去ろうというそぶりを見せた。
その袖先を、怪我をしていない方の腕を伸ばして、なんとか摘んで引いた。
振り払われるかと思ったが、オルヴェルト王子は眉間に深い皺を刻みながらも、振り返ってくれた。
「殿下、祈りが必要な時は、私を呼び出して使ってくださいますか?」
オルヴェルト王子の青い目が、物騒に細められた。
「必要ない。祈りの間は封鎖した。礎石も崩れた。もはや、戦いにおいて聖女の祈りに頼ることはなくなるであろう」
「そんな、門の外にはまだ、国の兵たちがいると聞きました。無事なのですか?」
ルード様も。
かろうじてその名を飲み込んだのは、まだ、アミナが聖女だったからだ。
あらゆる命のために、祈るべき存在。
そんな矜持も葛藤も、オルヴェルト王子は見透かしたようだった。
「ルードをまだ気にかけているのか。捨てられた身で」
「……ケルヴィン殿下もいらっしゃると」
その名を聞いた瞬間、オルヴェルト王子は険しい顔をした。眉間どころではなく、鼻の頭にも皺がより、唇の片側はひくついて、今にも唸りそうだった。白皙に、ぱっと鮮やかに赤みが散った。
「ちっ。聖女よ、よく聞いて、覚えておけ。お前の祈りは、敵味方関係なく作用し戦いを悪戯に引き伸ばした。今後一切の祈りをやめ、死なぬように手当を受けておけ。よいな」
諾の返答しか聞き入れない勢いで申し付け、そして今度こそ、オルヴェルト王子は去ってしまった。
扉の荒く閉められる音が、腕に響く。
すぐさま侍女が顔を曇らせて入って来て、腕を確かめ、ひんやりとする軟膏を塗ってくれた。痛み止めと炎症を和らげる丸薬も飲む。まったく空腹を感じていなかったが、とろみのついた少しのスープも。
それから、本当は、考えたかった。どうしたら良いのか。
聖女として祈りを届ける手段を取り上げられてしまったが、どうしたら、ルーディウスを、そしてできれば多くの人を助けられるのか。
けれど、夜更けから休みなく全力で祈っていたための激しい疲労感に、怪我の影響と薬の作用が重なって。
アミナは、オルヴェルト王子の宮で最も中央に位置する小さな部屋の小さな寝台で、夢すら届かない深い眠りに落ちて行って。
そして愛しい人の、夢を見た。
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全体を見直して、あまりに説明が乏しかった前半に、説明を追加しました。
エピソードも話の流れも変更はありません




